第17話 チーロに忍び寄る影

 いつも通りの朝を迎え、僕は身支度を整えた。

 変わり映えしない毎日。

 それでも、時間は流れていく。

 現実世界と違い、カレンダーがないから日付や曜日がつかめない。

 唯一、日付を知る方法がある。

 それはジェロだ。


 定期的に教会には支援物資が届く。

 指折り数えてみると、現実世界でいうところの一週間に一回。

 商人たちが食料や備品など、さまざまな物を届けにくる。

 ジェロは商人見習いという身分でありながら、少人数を従える一隊のリーダーだ。

 その仕事振りは、はたから見ても見習いの域を超えている。

 自ら荷運びをし、他の商人たちに指示を出す。

 それが終わると教会の責任者であるダレッツォと交渉をする。

 その姿はかっこいいの一言。


「修道士長さま。すみません、今回もまた支援品が減ってしまって」

 ジェロが申し訳なさそうにダレッツォに言った。

「仕方ありません。外敵の侵攻に備えるため、小領主さま達の寄付金が減っているでしょうから」

 ダレッツォがため息をつく。

「そこをどうにかして寄付金を集めたり、ひとつでも多くの品を仕入れるのが俺らの役目なのに」

 悔しそうにジェロがつぶやく。

「きみはこれまでの商人達に比べたら、ものすごく尽力してくれていますよ。感謝します」

 深々とダレッツォが頭を下げた。

「いいえ、俺の力が足りないばかりに……」

「やはり見習いにリーダーはつとまらないようですね」

 カリファがやって来て口を挟んだ。

「すみません」

 ジェロが悔しそうに唇を噛んでいる。

「カリファ修道士副長、それは違いますよ。このご時世、寄付金が減るのは当たり前」

「そこをなんとかするのが商人ではありませんか」

 カリファがジェロをねめつけた。

 ジェロは言い返さず、苦悶くもんの表情を浮かべている。

「ジェロはよくやってくれていますよ。

 さぁさぁ、カリファ修道士副長も仕事をしてください」

 話はここまでと言わんばかりに、ダレッツォがカリファに仕事を指示した。

 カリファは無言でうなずき、動きだす。

 山積みされた物資を数え、ジェロから受けとった紙にサインをした。

「ご苦労さまでした」

 ダレッツォとジェロは互いに微笑みを交わし、握手をした。


「おっ、レオ」

 僕に気づいたジェロが手を上げた。

 返事をする代わりに、僕は笑顔を浮かべる。

「元気にしていたか?」

 問いかけながらジェロが駆けよってくる。

『元気だったよ』

 すぐさま僕はうなずく。

「そっか。頑張ってるみたいで安心したよ」

 ジェロは言いながら、ポケットから布包みを出した。

 それを無言で僕に差しだす。

 なんだろう?

 僕は包みを受けとり、すぐさま布を広げて中身を確認した。

 小さな丸いパンがある。

 ヴィヴィからもらうパンとは違い、膨らみがほとんどない。 

「腹、空いてるだろう。うまいから食ってみろ」

 にっとジェロが笑う。

 早速、かぶりつく。

 しっかりとした食感。

 噛むほどに甘味が増していく。

 これは食事というよりおやつ。

 久々に食べる甘味に心が躍る。

『美味しい。ありがとう』

 伝えたい思いを乗せ、笑顔を浮かべる。

「うまいか? そっか、そっか」

 思いが伝わり、ジェロも笑顔になった。


「教会での暮らしはどうだ? うまくいってるか?」

 ひたすらもらったパンを食べている僕に、ジェロが心配そうに話しかけてくる。

 いったん咀嚼そしゃくする口を止め、僕はうなずく。

 うまくいっているとは言えないけど、そう悪くもない。

 だから、うなずいた。

「そうか、よかった。ここで生き残るには仲間が必要だ」

 ちらりとジェロが僕を見た。

「友達でなくていいから、仲間を作るんだ。わかるか?」

 ジェロがまじまじと僕を見つめる。

『わかるよ』

 なんでも話せる友達ではなく、一緒に行動する仲間を作れってことだと。

 僕はうなずく。

「わかってくれたか。それで、仲間はできたか?」

 僕は首を横に振った。

「難しいと思うけど頑張って仲間を探せ。いいな」

『うん、ありがとう』

 現状、仲間はいない。

 でも、それでもいいと思っている。

 だって、ジェロという友達がいるから。

 それにもうひとり……。

 顔を思い浮かべようとしたとき——。


「レオー!」 

 遠くから声が聞こえた。

 もうひとりの友達、ヴィヴィの声だ。

 僕は急いでパンを口に放りこんで咀嚼した。

「誰だ?」

 こちらにやってくるヴィヴィの姿を目にし、ジェロが言った。

「レオ、元気にやってる?」

 ヴィヴィがいつもの明るい声で話しかけながら、ジェロに視線を移した。

「あっ、商人のジェロディだよね?」

「えっと、誰だっけ?」

 申し訳なさそうにジェロが答える。

「あたしはヴィヴィアナ。パン焼き職人の弟子で、たまにパンを届けに行っている」

「ああ!」

 思いだしたようにジェロが手を打つ。

「レオの友達ってことは、あたしの友達でもあるよね」

 ヴィヴィが満面の笑みを浮かべ、握手を求める。

「ヴィヴィって呼んで」

「ああ、そうだな。レオ繋がりで友達だ。よろしく、ヴィヴィ。俺はジェロだ」

 ジェロがヴィヴィとがっちりと握手をした。

 

 なんだか嬉しい。

 友達のジェロとヴィヴィが、僕を通じて仲良くなっていく。

 初めての体験だ。

 胸に温かいものを感じながら、ふたりの会話を聞いていた。

 話題はもっぱら商売と外敵からの侵攻について。

 僕にはよくわからない話だけど、事は深刻でこの荘園内も安全ではないことは理解できる。

 平和国家日本で生まれ育った僕には実感がかない。

 戦いのない日常は当たり前で、戦う日々は非日常。

 まるで映画の世界。

 そんな世界に僕はいる。

 

 まさか、異世界で戦いに巻きこまれて死んだりしないよな。

 不安がよぎる。

 もとの世界に戻るまで、どうか荘園内が平和でありますように。 

 心のなかで祈っているさなか、視界の隅にガイオと取り巻き連中の姿が飛びこんできた。

 よく見ると、その後ろにチーロもいる。

 温かな雰囲気が一気に消えさった。


 嫌な予感がする。

 僕に味方をしたチーロ。

 そんな彼に傍若無人ぼうじゃくぶじんなガイオが報復する可能性は十分ある。

 いや、きっと仕返しをするだろう。

 こうなったきっかけは間違いなく僕。

 だから、見て見ぬふりはできない。

 とはいえ、多勢に無勢。

 僕ひとりで助けられそうにない。

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