第16話 覆面男、再び!

 ガイオが僕に仕掛た罠。

 それは、ホウキを隠すということ。


 なんとも馬鹿らしい。

 真っ先に思った。

 でも、それは現代の感覚。

 ここの教会では通用しない。


 たかがホウキ、されどホウキ。

 少ない支援金で運営されている教会で備品は大切だ。

 それを失くしたとなれば、罰せられるのは間違いない。

 つまり、ガイオは僕を罰する大義名分たいぎめいぶんを得るためにホウキを隠したのだ。


 だとするなら、ホウキは発見しずらい場所に隠されているはず。

 間違いない。

 問題はどこに隠したかだ。

 広い敷地内を闇雲やみくもに探しまわっても体力を奪われるだけ。


 ガイオの視点に立って考えてみる。

 罰する大義名分を得るために、絶対に発見されないようなところに隠しただろう。

 見つかりにくいとなると……。


 僕が行ったことのない場所。

 あるいは、教会から一番遠くの位置。

 さて、どちらか?


 ガイオは悪どいから、きっと両方に合致する場所を選んだに違いない。

 頭のなかで敷地内の地図を広げた。

 僕がこれまでに行ったことがなく、なるべく遠い場所となると……。

 脳内の地図を調べていく。

 教会から南西の位置。

 その辺りは行ったことがないうえに、なにがあるかも知らない。

 そこだ!


 夜道を警戒しながら歩いた。

 現代日本にいたら、スマートフォンの懐中電灯機能が使えるのに。

 そんなことを考えながら進んだ。

 夜の敷地内は、想像以上に暗闇に包まれてる。

 運の悪いことに天気が悪く、月が雲に覆われていた。

 月明かりのない夜。

 足元にホウキがあったとしても気づかないくらい真っ暗だ。

 

 どうやって探せっていうんだ。

 キレそうになるのを我慢し、目をらした。

 なにもない。

 どうしよう。

 焦りが頂点に達したとき——。

 前方、かなり遠くに小さな光が見えた。

 この世界で懐中電灯などないはずだから、考えられるのは松明たいまつ

 その光を目指して進んだ。


 少しずつ光が大きくなっていく。

 それに従い、状況がわかってきた。

 前方に小屋が一軒。

 物置小屋よりも小さくてすたれている。

 初めてみる小屋なので、使用用途は不明。

 気になって数歩前進したところで、足を止めた。


 誰かいる。

 廃れた小屋の前に誰かがいた。

 ふたり。

 ひとりは松明を手にし、残るひとりは手に袋を持っていた。


 誰だろう。

 正体を確かめようとを進める。

 松明の光がそれを持つ人物の顔を照らす。

 カリファ修道士副長——。

 怪しげな雰囲気を発するカリファがいた。

 

 どうしてこんなところに?

 もうひとりは誰?

 なにをやってるんだ?

 

 疑問が渦巻く。

 好奇心を抑えきれず、忍足しのびあしで前進。

 前ばかりに目がいき、足音がお留守だったせいか、なにかにつまずいた。

 驚きの声を発しそうにあるのを喉に押しとどめ、下を向く。

 ホウキが転がっている。

 

 あった……。

 運の良さに感謝しながら、とりあえホウキを放置。

 視線を前に戻した。

 松明の光でそれを持つ者の正体はわかったけど、もうひとりは不明のまま。

 もっと近づければと思うけど、これ以上進んだら危険だ。

 もしカリファに見つかったら、なにを言われるかわかったものじゃない。

 夜に小屋を抜けだしたと執拗しつように責めるだろう。

 それは避けたい。

 

 好奇心を優先させるべきか。

 それとも身の安全を確保すべきか。

 悩んでいたところ、カリファが動いた。

「……約束のものは?」

 カリファの小さな声がかろうじて僕の耳に届く。


 約束?

 カリファが正体不明の人物となにかを約束したらしい。

 でも、具体的な内容は不明。

 このまま盗み聞きをしていたらわかるかもしれない。

 僕は神経を耳に集中させた。


 カリファの言葉に対し、顔の見えない人物が手にした袋を掲げた。

「それか? 確認させてもらうぞ」

 カリファは言うが早いか、松明を差しだした。

 それをもうひとりの人物が受けとり、代わりに袋をカリファに投げる。

「おっと」

 カリファは見事に袋をキャッチし、すぐさま確認しはじめた。

 手を突っこみ、なかの物を取りだす。

 丸くて硬そうなもの——それがなんであるかわからないけど、硬貨に似ている。


 お金。

 頭に浮かんだ。

 それも表に出せないお金。

 いまは夜。

 しかも誰もやってこないような場所で密会している。

 その場で渡されるお金がきれいとは思えない。

 

 あやしい。

 カリファは後ろ暗いことをしているのかもしれない。

 気になる。

 好奇心がむくむくと芽生えてくる。

 カリファの様子と対峙たいじする相手を見極めようと前進した。

 

 風がびゅっと吹き、髪が乱れる。

 松明も影響を受け、炎が大きく揺らめく。

 その瞬間、松明の光がふたりの人物の頭部を照らした。

 顔は見えない。

 でも、見える。

 頭部を布で覆った人物が——。


 僕は目を見開いた。

 この覆面の男、どこかで……。

 脳が激しく動く。

 どこで?

 意識を集中させ、少しずつ記憶をさかのぼっていく。


 新しい記憶から、どんどん過去へと。

 ヴィヴィと出会った。 

 教会にやってきた。

 ジェロに助けてもらった。

 ……。


 その前の記憶に意識を向かわせる途中。

 過去が思い浮かぶ脳裏に激しい光が点滅した。


 覆面男が追ってくる。

 僕の首を絞める。

 口を開く。

「盗んだものを出せ」


 シャボン玉が割れるように光の点滅が消えた。

 脳裏は暗闇に包まれていく。


「じゃあ、次も頼むな」

 カリファの声が聞こえてくる。

 僕は我に返り、覆面男を見た。


 似ている。

 顔を覆った覆面の見た目や形状、それに体格。

 どれをとってもそっくり。

 同一人物に思える。

 でも、絶対に同じかと問われると自信がない。

 確たる証拠もないし、記憶は日々薄れつつある。

 

 もし、カリファと密会していたのが、僕の首を絞めた覆面男だったら……。

 そう考えた。

 もしそうなら、もとの世界に戻る糸口がつかめるかもしれない。

 まずは、同一人物かどうか調べよう。

 そのためには、接点のあるカリファを探る必要がある。

 よし、やろう。

 僕は決意した。

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