第14話 ヴィヴィの秘策

 ヴィヴィは僕にとって救いの女神だ。

 パンをくれたり、案をさずけてくれたり。

 それだけでもありがたいのに、惜しみなく力を貸してくれる。

 そのおかげで、どうにか孤児たちが起きだす前に準備が整った。

 あとは実行するだけ。

 今日こそはガイオから仕事をもらってみせる!


 僕は寝床でたぬき寝入りをし、孤児たちが起きるのを待った。

 ひとり、またひとり、起きだす。

 孤児たちは身なりを整え、我先にと小屋を飛びだしていく。

 誰よりも早く執務室に向かい、仕事を得るために。

 僕はゆっくりと起きあがり、大きく息を吸う。

 いよいよ、戦闘開始。


 執務室に到着すると、すでに黒山の人だかりができていた。

 孤児たちは飢えた獣のような目をして身構えている。

 そこへカリファがやっていた。

 通り一辺倒いっぺんとうの挨拶をし、早々に立ち去る。

 そのあと、昨日と同じくガイオが場を仕切った。

 いよいよ仕事の振り分けがはじまる。

 僕は息を飲んだ。


 ガイオが誇らしげに胸を張り、孤児たちを見渡した。

 おそらく僕の姿を探しているのだろう。

「朝の仕事を分担するぞ」

 ガイオが声を張りあげた。

 それが合図となって孤児たちが一斉に手を伸ばす。

「まぁ、待て待て。俺は約束を守る男なんだ」

 そう言い、ちらりと僕を見た。

 挑発的な目をしている。

 僕にはできない、そう踏んでいる目だ。

「新人は助ける、男に二言はない」

 ガイオの宣言に孤児たちの視線が一斉に僕に集まった。

 

 できるわけがない。

 侮蔑ぶべつの視線。

 大丈夫だろうか。

 哀れみの視線。

 どうするするつもりだ。

 好奇の視線。

 それらを一身に受ける。

 平常心を失うには十分。

 徐々に手が震えてくる。


「ほら、どうした? 助けてやるって言ってるんだぞ」

 ガイオが片方の唇を上げ、にやりと笑う。

 それを目にした途端、手の震えが止まった。

 一泡ひとあわ吹かせる。

 ぐっとお腹に力を入れた。

 ——ガイオの奴を驚かせてやろう。

 ヴィヴィと約束した。

 どんな名案でも実行できなければ意味がない。

 大きく深呼吸をし、右手を首元にやった。

 いつも首から下げている木札を取りだす。

 発端はジェロ。

 発展させたのがヴィヴィ。

 救世主のふたりが、もう一度僕を助けてくれる。

 自信を持って堂々と木札をガイオに差しだす。


「なんだ?」

 ガイオが僕が出した木札をまじまじと見つめる。

 ——仕事をください。

 今朝、急きょ作った文字を書いた木札。

 それをガイオに突きつける。


 ジェロが話せない僕のために名前を彫った木札をくれた。

 それをヒントに、ヴィヴィが必要な単語や文章を彫った木札——単語帳を作成。

 話せないというハンデを補うためのアイテムだ。

 

 予想外の行動に驚いたのか、ガイオが大口を開けてぽかんとしている。

 動かないガイオに向け、もう一度同じ木札を突きつけた。

 ガイオの頬が引きつったようにぴくぴくと動く。

「どの仕事だ? 言ってみろ」

 不敵な笑みを浮かべた。

 言えるものなら言ってみろ。

 口にせずともガイオの心が手に取るようにわかる。


 ——掃除。

 僕は別の木札をガイオに見せた。

 ガイオが簡単に折れないことは想定済み。

 あらかじめヴィヴィがガイオとの問答を考慮して、いろいろと彫ってくれた。

 

 ガイオの顔面がみるみる赤くなっていく。

 怒り心頭しんとう

 誰の目にも明らかだ。

 そんな様子を見て、孤児たちがざわつく。

「掃除用具はなにを使うんだ?」

 怒気どきを含んだ声でガイオが言い放つ。

 ——ホウキ。

 これも想定済み。

 ——仕事をください。

 最初に見せた木札を再度提示する。

 ガイオが唇を噛んだ。

 ——仕事をください。

 孤児たちにもわかるように、しっかりと木札をガイオに見せる。

 それでもガイオは動かない。

 負けを認めず、黙っている。


 うやむやにされてたまるか。

 僕は最後の一手に出た。

 ヴィヴィが最後に使えと彫ってくれた言葉。

 それを孤児たちに見せ、それからガイオに突きつける。

 ——約束を守ってください。

 これで僕を無下むげにできなくなったはず。

 言葉通り仕事を与えない事には、この場はおさまらない。


 ガイオは唇を噛んだまま動かない。

 約束を反故ほごにする策を考えているのだろう。

 そうはいかない。

 もう一度、木札をかかげる。

 ——約束を守ってください。


「約束を守るべきだと思う」

 孤児たちのなから声が聞こえた。

 か細いながらもしっかりと僕の耳に届く。

 嬉しい反面、心配になった。

 僕の味方をしたら、ガイオやその仲間たちに目をつけられてしまう。

 声の主を探した。

 孤児たちが集まる一番端っこ。

 そこに彼がいた。

 僕よりも背が低く、痩せ細った体をしている。

 気が弱そうで、体が大きなガイオに抵抗するとはとても思えない。

 でも、現実に誰も発しなかった一言を口にしてくれた。

「そうだ。守れよ」

 擁護ようごする別の声がした。

 それを皮切りに、他にも似たような声があがりだす。

 

「チーロの野郎、生意気な」 

 ガイオは怒りに震えながら、最初に言葉を発した彼——チーロを睨んだ。

 チーロは身を小さくし、震えている。

 味方になってくれたから助けたい。

 そう思っても、いまの僕に無理だ。

 難を逃れられるように祈るばかり。

「……いいだろう。俺は約束を守る男だ」

 寛大さを強調するようにガイオが言った。

 でも、実際は負けを認めていない。

 ビームを発射しそうな目つきで僕を見ている。

 これで終わりじゃない。

 きっとはじまりだ。


「ほら、約束通り仕事を与えてやる」

 恩着せがましくガイオは言い、仕事を与えられたあかしである木札を差しだす。

 受けとる寸前で引っこめるかもしれないと警戒しつつ、手を伸ばした。

「ほらっ」

 早く受けとれとばかりに木札を突きつける。

 僕はそろりと木札を手に取った。

 ガイオに一泡吹かせて仕事を得た喜びに浸ったのも一瞬。

 視界の隅に不審な動きが入ってきた。

 ガイオが取り巻きのひとりになにやら耳打ちしている。

 目つきや表情、雰囲気、どこから見ても悪だくみの指示としか思えない。


 仕事の最中に仕掛けてくる。

 僕をおとしめるための策を用意して。

 逃げられないなら、立ち向かうしかない。

 僕は腹をくくった。

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