第12話 屈辱に耐えても

 結局、仕事を得られず一日が終わった。

 なにもしなくても一日一杯の薄粥はもらえる。

 とはいえ、具もなく量も少ない。

 腹の虫が激しく鳴いている。

 もし本当に腹に虫がいるのなら、取りだして食べたいくらいだ。


 どうすれば仕事がもらえるだろう?

 空腹に耐えながら、寝床に転がった。

 仕事の分配はガイオに任されている。

 普通に考えるなら、ガイオに気にいられるのが一番の方法。

 でも、それは不可能だ。

 例え僕がガイオに媚びへつらっても小馬鹿にされて終わり。

 ガイオは僕に仕事を渡すつもりは一切ないのだから。

 そうなると、方法が一切ないことになる。

 これは困った。


 考えがまとまらず、気づけば朝。

 今日も昨日と同様、朝一番の仕事にはありつけなかった。

 次に仕事が分配されるのは朝食のあと。

 それまでになんとか対策を考えねばと、仕事をはじめた孤児たちの姿を眺めた。

 ガイオの取り巻き連中数人は、商人から請け負った荷運びのために教会を出発。

 残る孤児たちの数人は、薪割り、どこからか届いた物資の荷運びなどを行っている。

 仕事を得た大半の孤児は、敷地内の掃除をしていた。


 おそらく、教会外での作業が一番報酬が良く、続いて敷地内での力仕事。

 大勢でする掃除は一番報酬が低い。

 だから、誰もが教会外での仕事を求めてガイオに媚びるのだろう。

 それを自分の力だと勘違いしているガイオは、より一層調子に乗る。

 悪循環あくじゅんかんだ。


 現状を把握できたところで、次に考えるべきは仕事を得る方法。

 ガイオを通さないことは可能だろうか?

 ガイオはカリファから仕事の割り振りを一任されている。

 つまり、仕事を発注元はカリファ。

 だったら、カリファから直接もらうという方法もありだ。

 でも、悲しいかなカリファからも目の敵にされている。

 

 だめだ。

 頭を抱えた。

 落胆した直後に不意にひらめく。

 ガイオはカリファから一任されているけど、カリファは誰から?

 修道士長のダレッツォだ。

 脳裏にダレッツォの姿が思い浮かぶ。

 あまり話せなかったけど、カリファと違って目の敵にはされていない。

 いまのところ、敵でも味方でもなさそうだ。

 ダレッツォに直接仕事をもらうのはどうだろうか?

 一筋の光が差す。

 絶望感から少し抜けだせそうだと思った矢先、近くにいる孤児が突然倒れた。 

 僕と同じく仕事をもらえなかった孤児のひとりだ。


「おい、大丈夫か?」

 別の孤児が倒れた孤児の体を揺さぶっている。

 孤児はぴくりともしない。

「そいつはもうだめだ。放っておけよ」

 誰かがつぶやく。

 その声はガイオのような意地悪なものではなく、哀れみを含んでいる。

 明日は我が身。

 言葉にせずとも伝わってくる。

 僕は倒れた孤児を見つめた。

 全体に痩せこけ、誰が見ても栄養失調だとわかる。

 衰弱すいじゃく死。

 思わず目を逸らした。

 その先には僕と同じく仕事をもらえなかった孤児たちがいる。

 誰もが同じような体型をしている。

 痩せ細った体。

 他人事じゃない。

 僕も似たような体型だ。

 つまり僕も……。

 横目に倒れた孤児を見た。

 生き残れなかった孤児の末路。

 ぶるっと体が震えた。


 だめでもともと、僕は朝食後に行われる仕事の割り振りに参加した。

 必死に手を伸ばす。

 すると、ガイオが薄笑いを浮かべた。

「なんだ? おまえ、どうした? 全然わかんねぇよ」

 木札をこれみよがしに僕の目の前にちらつかせる。

 仕事をください。

 どんなに目で訴えても伝わらない。

 それがわかっていても手を伸ばす。

 笑いものにされようが、ののしられようがかまわない。

 全ては生き残るため。

「なにがしたいんだよ? ほら、わかるようにしてみろ」

 ガイオが大笑いする。

 それから数秒遅れて、ガイオの取り巻き連中も笑う。


 木札を取ろうと手を伸ばす。

「なんだ? 手を上げてどうした?」

 ガイオが木札を高々とかかげ、僕の手の届かない位置にあげた。

 意地悪な奴だ。

 心のなかで悪態あくたいをつきつつ、両手を合わせて頼み事をするゼスチャーをした。

「なんだ? 手のひらがかゆいのか?」

 ガイオの言葉に孤児たちが笑う。

 僕は手を引っこめ、頭を何度もさげる。

「おまえ、虫を食う鳥みたいだなぁ」

 ガイオは笑いながら僕の頭を叩いた。

 空腹の状態が続いて低血糖気味だったのか、目の前が真っ白になる。

 立っていられない。

 ふらふらとその場を離れ、座りこんだ。


 空腹に耐え、仕事にいそしむ孤児たちを羨ましげに眺めて一日が終わった。

 夕方になり、孤児たちが急いで食堂小屋に向かっていく。

 僕は走る元気はなく、歩いて食堂に入った。

 席について食事をしている孤児たち。

 今日やった仕事の内容によって食事が違っている。

 僕たち仕事をしなかった孤児は薄粥が一杯のみ。

 仕事をした孤児たちは内容に応じて、おかずがつく。

 

 ほんの少しとはいえ、ようやく食べられる。

 薄粥を食べようとした。

 お椀を口に近づけたとした寸前。

「部屋代をもらうぞ」

 ガイオがそう言うやいなや、僕からお椀を奪った。

 僕の分の薄粥をガイオのお椀に移していく。

「ほら、食え」

 ガイオはお椀をテーブルに置いた。

 お椀のなかには半分ほどしか薄粥が残っていない。

 奪われた分を取り戻したい。

 だけど、そんな力は残っていなかった。

 残された薄粥を飲むことしかできない。

 僕は黙って薄粥を平らげ、小屋へと戻った。


 夜。

 僕は小屋の出入り口に一番近い狭い場所に寝転がった。

 隙間風が冷たいうえに空腹で眠れない。

 目を閉じれば眠れるかと思ったけど、倒れた孤児の姿が思い浮かぶだけだった。

 仕事がもらえない、一日一杯の薄粥ですら満足に与えてもらえない。

 このままでは僕もあの孤児と同様、倒れて死ぬ。

 なんとかしないと。

 焦る。

 でも、気持ちがくばかりでなにも思いつかない。

 策を講じないと本当に死ぬ。

 これまでに味わったことのない、死の危機を感じた。

 

 異世界で死ぬなんてごめんだ。

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