教会編

第11話 嫌がらせのはじまり

 異世界でなんとか寝床を確保できた。

 いま考えると超ラッキー。

 話せない孤児がひとりで生きながらえるほど、この世界は甘くない。

 ……そう、甘くなかった。

 教会という居場所を得たものの、早速に問題が勃発ぼっぱつ

 カリファの指示でガイオと同じ小屋で寝起きすることになった。


 初めて会ったときから、ガイオは僕を目のかたきにしている。

 髪を引っ張られたのは序の口。

 夕食の薄粥うすかゆを奪われ、掛け布団を汚され、寝ているところをんづけられ……。

 たった一晩で様々な嫌がらせを受けた。

 ひとりでも孤児が増えれば、それだけ仕事の量が減少してしまう。

 それと同時に、孤児ひとり当たりに与えられる食糧も減る。

 だから、僕を追いだして少しでも食い扶持ぶちを確保したいのだろう。

 いわば口減くちべらし。

 弱い者が狙われるのは世の通り。

 でも、僕にも生きる権利はある。

 

 朝。

 日の出と共に自然と目が覚めた。

 脳が完全に起きていないのか頭がぼんやりとする。

 起きたあとはどうしたらいいんだろう。

 教会での生活は初めてで右も左もわからない。

 とりあえず、孤児たちの様子をうかがう。


 孤児たちが次々と起きはじめた。

 誰かひとりくらい寝坊したり、二度寝する孤児がいるだろうと思った。

 ところが、全員がぱっちりと目を開けて俊敏しゅんびんに動きだす。

 素早く布団を畳み、端に寄せていく。

 それが済むやいなや、小屋から飛びだした。

 誰もなにも言わないが、遅れてなるものかといった雰囲気がひしひしと感じられる。

 僕は慌てて彼らのあとを追った。


 仕事をもらいに執務室に向かっているんだ。

 僕は察した。

 誰よりも早く向かい、誰よりも報酬ほうしゅうの良い仕事を得る。

 そのために我先にとばかりに駆けだす。

 僕もぼやぼやしてられない。

 あらんかぎりの力を振り絞って走る。


 執務室の前には、すでに孤児たちが詰めかけていた。

 まるでバーゲンセール。

 混雑の先にはカリファが立っていた。

 汚らわしいものを見るような目つきをし、集まった孤児たちを見渡している。

「修道士副長さま」

 誰もがカリファに向かって手を伸ばす。

 神をあがめるかのような孤児たちの姿にぞっとしながらも、僕もそれに加わる。

「ガイオ」

 カリファは名前を呼び、ガイオの手に木札を置いた。

「ありがとうございます、修道士副長さま」

 ガイオは受けとった木札をうやうやしく掲げる。

 それを皮切りに、カリファは次々と木札を孤児たちに渡しだした。

 おそらく、木札を手にした者が仕事にありつけるのだろう。

 最初に名前を呼んで渡したところから、ガイオは孤児たちのなかでも別格。

 一番力を持つ存在だ。

 そんな奴に嫌われている僕。

 前途多難。

 己の不運を嘆いても仕方がない。

 ここは仕事を得ることに専念。

 必死に手を伸ばすが、木札を手に入れられない。

「今日はここまで。仕事の割り振りはガイオに一任する」

 カリファは木札を配り終え、執務室に入っていった。

 ドアが閉まると同時に、先ほどまでカリファがいた場所にガイオが躍りでる。


「注目。今日は落ち葉集めだ」

 ガイオが得意げに大声を張りあげる。

 木札を手にした孤児たちがガイオに注目している。

 一方、木札を得られなかった孤児たちがおずおずとガイオに近づく。

「ガイオ、お願いします。僕に仕事をわけてください」

 ひとりの孤児がガイオに深々と頭を下げる。

「よし、いいぞ。おまえも参加しろ」

 頼みを聞きいれられた孤児は、すかさず仕事をする仲間たちの元へ合流した。

「うん、おまえもいいぞ。あ、おまえも」

 ガイオは気前よく仲間を増やしていく。

 これはチャンスとばかりに僕も近づいた。

「おまえもいい。おまえはダメだ、おまえはいいぞ」

 ガイオがなにを基準にしているのかわからないが、孤児たちを選別していく。

 そのさなか、ガイオと目が合った。

 にっと不敵な笑みを浮かべ、僕を見つめる。

「おまえ、仕事がほしいなら俺に頼んでみろ。新人だから助けてやるよ」

 ガイオが孤児たちの間をすり抜け、僕の目前に立った。


 言えるもんなら言ってみろ。

 そう言わんばかりの目でガイオが僕を見おろす。

 話せないことがわかっていて言っている。

 なんて意地悪な奴だ。

 心で思っても顔に出してはいけない。

 そう念じる。

 話せないのなら伝えるしかない。

 深々と頭を下げた。

「……」

 反応がない。

 頭を下げた状態のまま、じっと待つ。

 ガイオはなにも言わない。

 仕方なく頭を上げると、そこにはニヤニヤと下卑げびた笑みを浮かべるガイオがいた。

「なにやってるんだ? 俺は頼めって言ったんだ。ほら、やってみろ」

 ようやく気づいた。

 ガイオは仕事を与える気などない。

 ただ、僕をいじめたいだけなんだと。


「どうした? 頼めよ。そうしたら仕事をやる」

 馬鹿笑いするガイオに追随ついずいするように、何人かの孤児たちも笑う。

 そいつらの行為を生き残るための同調行動だと理解できる。

 だけど、許せない。

 右手に拳を作った。

 ガイオに殴りかかれるほど力に自信がない。

「ほら、どうした? 言えよ!」

 拳に怒りが集まってくる。

 でも、殴ったところでガイオには勝てない。

 我慢するしかない。

 いまは——。

 

 この世界の現状では、僕の生殺与奪せいさつよだつのほとんどをガイオが握っている。

 認めたくないが、それが現実。

 だから、我慢に我慢を重ねる。

 生きるために。

 そうしながら、自分自身で生きる力を養う。

 生き続けるために。

 その先にきっと見つかるはず。

 もとの世界に戻る方法が——。

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