第9話 ヴィヴィ、荘園と主従関係を語る

「困ったことがあったら、なんでも相談しなよ」

 パンを食べ終えた僕にヴィヴィが言った。

 その声と表情はなんとも頼もしい。

 この世界で生き残るための味方がひとり増えた。


 生き残る……。

 そうだ。

 僕はなんとしてもこの世界で生きなければならない。

 それができてこそ、もとの世界に戻る可能性が生まれるというもの。

 

 生きる。

 そのために必要な寝床や食糧については目処めどがついた。

 ジェロとヴィヴィという仲間もいる。

 あと必要なのは情報だ。


『教会のことを教えて』

「ここのことを知りたいの?」

 ヴィヴィは僕の思いを正確に察してくれた。

「そうだなぁ、どこから話すのがいいのか……」

 ヴィヴィは空を見あげた。

「その前に聞きたいんだけど、レオってここの荘園しょうえんの出身?」

 荘園。

 聞いたことはある。

 でも、はっきりとはわからない。

 どう答えたらいいのだろう。

 イエスでもノーでもない、そんな曖昧あいまいなゼスチャーを試みる。

 すると、驚くくらい察しの良いヴィヴィが説明してくれた。


 まとめると——。

 この世界は、いくつかの国で構成されている。

 国は所有地を持つ複数の大領主だいりょうしゅ主従しゅじゅう関係を持つ。

 主従といっても一方的に君主が家臣を支配する関係ではない。

 日本の歴史にあるような絶対的な上下関係はないようだ。

 契約関係とか、協力関係と表現するほうが正確かもしれない。


 国王は大領主に、自己所有地内での政治的支配権——独立性を認めている。

 ただし、大領主は国王に租税そぜい賦役ふえき、兵役を提供しなければならない。

 加えて両者の関係は永遠ではなく、いつでも解消可能だ。

 国王は新たな大領主を家臣に迎えたり、主従関係を断絶することもできる。

 大領主は国王と手を切り、新たな君主と関係を結ぶことも可能だ。


 この世界では主従関係は絶対的ではなく、生き残るための手段なのだ。

 そうはいっても、国を持つ国王の力は強い。

 そのため、大領主は国王を牽制けんせいできるだけの財力を必要とした。

 そこで目をつけたのが、国王と直接主従関係を結べない小規模な所有地を持つ小領主しょうりょうしゅたちだ。

 大領主は小領主たちと主従関係を築いた。

 国王が大領主に認めたように政治的支配権を小領主に与え、見返りに租税、賦役、兵役を得る。

 つまり、この世界は国王と大領主、大領主と小領主が関係を結ぶ三段高層の仕組みになっている。


「この辺りは、パッツィ小領主が治めている荘園で、そのうえにはルッフォ大領主がいる」

 ヴィヴィは説明を終え、わかったかと言いたげな目で僕を見た。

『なんとなく』

 わかったような、わからないような。

 とりあえず住めば、そのうち理解できるような気がした。

「あははっ、一気に説明されてもわからないよな。まぁ、そのうち理解できるよ」

 ヴィヴィが僕の肩を何回か叩いた。

「問題は次。これからする話はレオの死活問題になってくる」

『うん』

 僕は大きくうなずいた。


「ここに限らず、ほとんどの教会は小領主たちの寄付金で運営されているんだ」

 金持ちが持たざる者を支援する、これは現代世界にも通づる。

 福祉の精神のある異世界に転生したことに少し感謝。

「寄付金だけでは孤児たちを養えないから、教会は商人たちから仕事をけ負ったりしている」

『その仲介役がカリファ?』

「カリファが孤児たちに仕事を割りふっているのかって?」

 ゼスチャーの内容を確認するようにヴィヴィが聞いてくる。

 僕はすぐさまうなずく。

「その通り。だから、孤児たちはカリファにこびへつらうんだよ」

 気持ちの悪いものを見るような目をし、ヴィヴィは首を軽く振った。

「カリファから仕事をもらえないと、食事が少ないままだからな」

『僕もカリファに気にいられるように努力すべきかな?』

「うーん」

 ヴィヴィが顎に手を置き、うなった。


「あたしやレオが生まれる前から外敵がこの国に侵攻してきて、たびたび攻撃を受けているんだ」

 戦争!?

 平和な日本で生まれ育った僕には衝撃的な言葉だった。

 頻繁ひんぱんに敵が武力攻撃を仕掛けてくる。

 そのたびに土地が焦土しょうど化し、ひとが死んでいく。

 ぶるっと体が震えた。

「外敵の侵攻が増えて、大領主は防衛費に多大なお金が必要になって……」

『教会への寄付が減った?』

「うん、それもかなり。だから、教会は受けいれる孤児を減らしたりしているんだ」

『それでもお金、足りないんだろうね』

「商人たちも頑張って仕事を探して教会に回してくれているようだけど」

 ヴィヴィの顔が曇る。

 焼け石に水。

 きっとそれくらいではどうしようもないほど、教会の運営は悪化しているのだろう。

「だから、レオがカリファに媚を売ったとしても、確実に生き残れるとは言えない」

 申し訳なさそうにつぶやく。

「でも、好かれないまでも嫌われないようにしたほうがいいかな」

『ありがとう、心配してくれて』

 僕は頭をさげた。


「あたしにできる、あたしにしかできないアドバイスをひとつ」

 顔をあげた僕の目の前に、にっこりと微笑むヴィヴィが映る。

 明るく、光が差すような笑顔。

 暖かくて頼もしい。

「自分だけの取りを探すんだ」

『取り柄?』

「自分が得意で、それでいてお金になること」

 ヴィヴィは鞄からもうひとつパンを出した。

「あたしも教会育ちの孤児だったんだ」

『僕と同じ境遇きょうぐう?』

「たぶん、レオと似た状況だと思う。親の顔を知らなくて、行き場がなくて」

 過去を思いだすかのようにヴィヴィが斜めうえを向いた。

「見ての通り大柄だったからいじめられなかったけど、なにせ女だろう。当然、教会での生き残りは大変だったよ」

 言われてヴィヴィの全身をながめた。

 この世界に来て初めて目にした女の子はヴィヴィ。

 だから、ヴィヴィが大柄かどうかはわからない。

 でも、現代日本の十歳くらいの少女と比べると背が高く、肉づきが良い。

「それだけじゃない。問題は教会を出たあとのこと。男なら商人に弟子入りして自立の道がある」

『女の子は?』

 男女平等、女性が男性の職場に進出しているのが当たり前の価値観。

 それがこの世界にあるかどうかは知らない。

「女が手っ取り早く教会を出る方法は、養ってもらう男を見つけること」

 ヴィヴィが深いため息をつく。

「まぁ、そんな幸運は器量良しのごく少数。ほとんどが領主の下働きさ」

『食べてはいけるんだね』

 仕事がなくて飢えて死ぬことはない。

 少しほっとした。

「最低限の食べ物は手に入る。でも、それと引き換えに人間扱いされないけどな」

『教会にいる孤児より悲惨ひさんな状況?』

 恐る恐る、質問を身振りで伝える。

「たぶん、そうだと思う。死ぬまで少ない食糧でこき使われるんだから」

 ヴィヴィの声がいつになく小さい。

「寿命をまっとうできれば幸運。たいていは、理不尽に死ぬ……」


 この世界はとんでもなく生きづらい世界のようだ。

 同じ人間なのに、身分の差、男女差で歩む道が違う。

 こんな世界に僕は来てしまった。

 絶望感が襲ってくる。

 それでも生きなければならない。

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