第8話 パン焼き職人の弟子・ヴィヴィアナ

 僕は仁王立ちした少女を見つめた。

 丈の長いチュニックワンピースをまとい、ベルトで腰部分をしめている。

 僕の少ない知識が正しいなら、このよそおいは庶民の格好だ。

 年はジェロやガイオと同世代くらい。

 日焼けした肌と両頬にあるえくぼが目を引く。

 美人とはお世辞にも言えない。

 可愛いとも違う。

 見た目は普通。

 でも、太陽のような不思議な存在感がある。


「大丈夫?」

 少女が顔を覗きこんでくる。

 僕は見知らぬ少女に心配され、嬉しいを通りこして驚きを感じた。

 ジェロと出会ったときと似ている。


「ガイオの奴に頭を叩かれて、ふらふらしているのか?」

 少女はまるで少年のような口調で聞いてくる。

『違う。叩かれたのではなくて、髪の毛を引っ張られたんだ』

 そう伝えようと身振り手振りで表現した。

 到底とうてい、伝わらないだろう。

 わかっていながらも体が自然と動く。


「なに? うーん……」

 少女が僕の動きを真剣に見つめている。

「……叩かれたんじゃなくて、髪の毛を引っ張られたって言いたいの?」

 少女の言葉に僕は動きを止めた。

 伝わった。

「あいつ、酷いことするな。今度会ったらとっちめてやる」

『とっちめなくていいよ。下手に関わったら余計に攻撃を仕掛けてくるから』

 僕は少女に向かって気持ちを伝えようとゼスチャーをはじめた。

 今度も少女は理解しようとしてくれる。

「なにもするなって? そうじゃないと、仕返ししてくるから?」

 ニュアンスは違えど、一番伝えたい「なにもするな」という思いは伝わっている。

 僕は大きくうなずく。

「わかったよ。本当にきみ、いい子だね。頭、まだ痛い?」

 少女はいたわるように僕の髪をなでた。

『もう大丈夫』

 僕が微笑ほほえむと、少女も理解したとばかりに笑顔を返してくれた。

「あたし、ヴィヴィアナって言うんだ。みんなからはヴィヴィって呼ばれてる」

 ヴィヴィが手を差しだしてくる。

 僕はその手を取る前に、首に下げた名前の木札を見せた。

「……きみ、レオって名前なんだね」

 ヴィヴィは木札をでるように触っている。

「レオ、よろしくな」

 再度、ヴィヴィが手を出す。

 僕は迷わずその手を握った。


「そうだ、レオ。きみ、お腹空いてないか?」

 ヴィヴィは手を離し、斜めがけにした鞄を探った。

「焼きそんじでよかったら食べな。見た目は悪いけど、味は保証する」

 表面に焼け焦げができた丸い黒パンを出した。

 お腹……そういえば空いているかも。

 転生していろいろあって、そこまで気が回らなかった。

『もしかして、ヴィヴィの食糧しょくりょうを分けてくれるの?』

 身振り手振りで思いを伝える。

 もしヴィヴィの今夜の食糧なら、分けてもらうのは悪いような気がした。

 ガイオから助けてくれただけで十分。

「あたしの食事が減るからって心配してるんだろう?」

 伝えたい言葉以上のことをヴィヴィは察した。

「あたし、こう見えてパン焼き職人の弟子なんだ。これは練習して失敗したもの」

 だから安心して食べろ——。

 口にしなくてもヴィヴィの言葉から伝わってくる。

 僕はパンを受けとった。

 すぐさま頬張ほおばる。

 焼け焦げた部分に少し苦味を感じたけど、十分美味しい。

 一気に平らげた。

『美味しい』

 言葉ではなく表情で伝えようと目一杯の笑顔を浮かべた。

めてくれてありがとう。今度はもっと美味しいパンを持ってくるよ」

 ヴィヴィも笑顔を返してくれた。

 

 不思議だ。

 この世界は僕が暮らしてきた世界とは明らかに違う。

 でも、同じところもある。

 それは人。


 明らかに身分の高そうなのに孤児の僕を助けてくれたジェロ。

 かたや孤児だからと見下みくだし、横柄おうへいな態度を取る修道士副長のカリファ。

 同じ孤児という立場なのに、貧弱で話せない僕を自分より下に見ていじめてくるガイオ。

 見ず知らずの僕を無償むしょうで助けてくれたヴィヴィ。


 良い人もいれば、悪い人もいる。

 世界は違うけど、生き方は同じかもしれない。

 良い人といい関係をきずき、悪い人には極力近づかないこと。

 これが生き残る道かもしれない。


「ガイオはもちろんなんだけど、副長にも気をつけなよ」

 パンを頬張っているさなか、ヴィヴィアが心配そうに声をかけてくる。

 一瞬、咀嚼そしゃくを止めた。

 当事者じゃないヴィヴィが忠告するくらいだから、あのふたりから向けられた僕への敵意は勘違いじゃない。

 本物。

 これは困った。

 関わりあわずにいこうと思っても、相手はお構いなしに近づいてくるだろう。

「ガイオにしてみれば、仕事が奪われる恐れを抱いてレオを目の敵にするのは理解できないでもないけど」

 ヴィヴィがため息をつく。

 仕事がなければまともな食事にありつけない。

 だから、ライバルとなる僕が邪魔となる。

「問題は副長だよ」

 腕を組み、ヴィヴィがうなる。

 確かに問題だ。

 修道士だから孤児と仕事を奪いあう必要がない。

 身分も立場も全く違うから、敵意を向ける必要はないはずなのに……。

 ガイオと同じく弱い者いじめをしたいだけのやからなのだろうか。


「あの人、聖職者とは思えないくらい差別意識が強いんだ」

 ヴィヴィの言葉でなんとなく察した。

 誰かを見下し、いじめる。

 そうやって優越感にひたる自己肯定感の低い奴。

「レオは年のわりに小さいし、女の子っぽい容姿で貧弱だし……」

 ヴィヴィは言いよどみ、レオを見つめる。

 その先に続く言葉が頭に浮かぶ。

 話せないから——。

「口がきけないから」

 ヴィヴィがはっきりと言った。

 あわれむでもなく、バカにするでもなく。

「権力者が力を振るう世の中だから、誰もが自分とは違う誰かを攻撃して鬱憤うっぷんを晴らしがちなんだ」

 ヴィヴィの言葉に僕は大きくうなずく。

「体が小さくて女の子っぽい容姿、話せない……それって単なる個性なのにな」

 個性。

 心に言葉を置いた。

 口にせず、ただなぞるように個性という言葉をとなえる。

 それが伝わったかのようにヴィヴィはゆっくりと首を縦に振った。

「話せない物静かなレオ、口数が多くてうるさいあたし。どっちが良いも悪いもない、それが個性」

『いまからそう思うことにするよ』

「わかってくれたようだね。だから、ガイオや副長の言うことは無視しな」

 ヴィヴィが思い切り僕の肩を叩いた。

 あまりに強い力で、思わず口からパンが飛びでそうになる。

 その様子を見て、ヴィヴィは大笑い。

 大きな口を開け、悩みなど吹き飛ばすような勢いのある声で笑っている。

 僕も笑う。

 声は出ないけど、目で笑いを表現した。

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