2話目 陰謀少女、暴走す


「この世界には陰謀が満ち満ちているぅぅぅぅぅ!!!!」



 その言葉は講堂全体に反響し、徐々に染み渡っていく。

 皆が一様にポカンと状況を呑み込めずにいた。

 勿論、俺と鈴芽も発言の意味を理解できずにいた。


 糊の効いた真新しい黒の上着とスカートを振り乱しつつ、片手を天へと突き上げて、少女の宣言は続く。


「――この世界の閉塞感すら感じない人間相手に、こんな駄文を読み聞かせている暇など、私にはなぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」


 少女の奇行は止まらない。

 陶磁器の如く、白妙できめ細やかな肌を若干紅潮させる少女は、手に握る式辞用紙を掲げ――真っ二つに破いた。

 未だ状況を整理できない新入生と大人達。

 紙の破れる音が止まると同時に、壇横の教員らしき複数の影が慌て始める。


「ちょ! あの子、困るよぉ……」

「おい誰か、止めに行かないと!」

「でも……もし暴力沙汰になったら……」


 昨今の世情によるものなのか、大人達の判断は鈍かった。

 その隙に、少女は言葉を紡ぎ続ける。


「私は烏守からすもり八咫乃やたの! そこら中に蔓延るを検証する――アンタ等の敵よ!」


 そう言うと、八咫乃はビシッと指先を講堂内の監視カメラに突きつける。

 果たして、彼女は監視カメラの先に何を見据えているのだろうか。


 そうこうしているうちに教員内で意見が纏まったのか、女性教員が四名体制で暴れん坊の沈静化に乗り出した。

 左右から二名ずつ壇上を囲む教員。

 教員と八咫乃の距離が徐々に縮まる。

 八咫乃はそれを横目で察し、締めの言葉へと移る。


「……私がこっっっんなつまらない新入生式辞を引き受けた理由はただ一つ!」


 八咫乃は深く息を吸う。

 

新世界秩序ニューワールドオーダー、バチカンの古文書公開差し止め、ロズウェル事件の顛末、フィラデルフィア実験から続く米国の生体実験の数々、秘匿されし失われたミッシングリンク、フリーエネルギーの弾圧、各諜報機関による非合法活動!」


 純白の肌を更に紅潮させ、興奮を露にする八咫乃。

 流石にまずいと思ったのか、駆け寄った教員が八咫乃の両腕を拘束して壇上からの退場を促す。


「この世界中に張り巡らされた謀渦ッ! 私はそれを白日の下へ届けたい!」


 両腕を掴まれ、半ば引き摺られる形でマイクから離されつつある八咫乃だが、それでも口を閉じることはしなかった。


「――私の手足となり、共に深淵を覗く覚悟がある者は十三号館の階段横資材置き場へ来なさい! 私はそこで待っている!!!!!!」


 そう告げると、八咫乃は抵抗を止め、教員の指示に従い壇上を後にした。

 残された人々は過ぎ去った狂飆に圧倒され、ただただ呆然とするしかなかった。

 来賓席のお偉方に赤べこのように頭を上げ下げしていた教員が、滝のような汗を拭いながらマイクを片手に状況収集に努め始める。


「えー、あっ、その今ので……今のはですね。斬新なサークル紹介とでも言いますか……あの彼女はちょっとね、緊張のあまり狂っ……口が勝手に動いちゃったんでしょうかね。……えーっと、はい、それでは続いて教職員紹介に移りますぅ……」


 心労で倒れそうな教員は足早に講堂の隅へ身を引き、紹介予定の教員へ登壇を促す。登壇する教員も先の演説に気圧されたのか、互いに一番手を譲り合っている。


「あれどっかのサークルの出し物?」

「絶対トラブルでしょ、教員めちゃ焦ってんじゃん」

「あの子、超絶俺のタイプなんだけど」

「頭逝っちゃってんじゃん……やめとけやめとけ」

「一体どこの子かしら!」

「全くだ、あの礼儀知らずのガキんちょの親の顔が見てみたいもんだ!」


 その間も新入生の騒めきは止まらず、数人の保護者は晴れ舞台での暴挙に頭を抱え、その場を後にする惨状が続いた。

 鈴芽も例外ではない。

 腕を組み、頬を膨らませてご立腹の様子を露にしている。


「信っじられない! あんな子が成績最優秀者!? なんか不安になってきたんだけど!」


 鈴芽の意見は正しい。

 一生に一度しかない大学の入学式、それをこんな形で台無しにされたのだ。新生活の出鼻を挫かれた新入生と保護者の苦言は当然だろう。講堂全体が八咫乃という存在に忌避感を抱いていることが空気からはっきりと感じ取れた。


 その後の式典は問題なく閉会を迎えた。

 入学オリエンテーションのため、学生達は突然のハプニングを語らいながら各学部棟へと向かう。


「ちょっと……さっきのってさ、そういう意味……的な? いや別に気にしてないけど。あ、私の聞き間違い……かな? 凛護、そういうの興味ないもんね。へへっ、この年になると耳も遠くなっちゃって……って聞いてます?」


 鈴芽に袖を引っ張られていることは感じ取れる。

 だが、今の俺の脳内には鈴芽に返答できるほどのリソースは残されていない。

 ただ、『烏守八咫乃』と『十三号館階段横資材置場』というワードを絶対に忘れないよう脳内で反芻し続けることで必死だった。

 講堂を後にする学生の波の中、ようやく脳に二つのワードを焼き付けることに成功し、言葉を発する余裕ができた。


「……オリエンテーション、代わりに出てほしい」

「は?」

「あと事務室に預けてる俺の荷物も運んどいて」

「へ?」

「十三号館階段横資材置場、行ってくる」

「どぅえぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 目的は学部棟とは正反対に位置する十三号館。

 踵を返し、学部棟へ向かう人波を掻き分けて進む。

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汝、勝ちヒロインに手を出すなかれ~理想の彼女が陰謀論者だった件~ @cofin339

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