だから僕はサンタの来訪を信じるのを辞めた

※本章はクリスマスに関して重大なネタバレを含むので、くれぐれも注意して下さい。


 冒頭の文章は、ただの冗句ではない。二十世紀の話となって恐縮だが、マジカル頭脳パワーというクイズ番組において、未だに忘れられない印象的なシーンがある。サンタクロースについて連想することを問われた所ジョージが、時間に追われ、思わず「正体は××××だよ」と答えてしまった場面だ。放送禁止用語か不適切な人名でも口にしたような扱いだが、彼が口にしたのは、シューベルトの『魔王』において、息子に「魔王が来るよ」と呼ばわれていた人物と全く同じ呼称に過ぎないと思われる。にもかかわらず、発言内容は完全に隠匿された上、「そんなことはないので不正解」という判定すら受けていた。当時、すでにサンタクロースの正体について、所ジョージと同様の見解に至っていた僕は、「なんでわざわざこんな真似を?」と不思議に思ったものだが、小さな子供が起きているゴールデンタイムにおいて、適切な措置であったのだと、今では思っている。ずっと後になって2008年、M-1グランプリ決勝戦において、ダイアンがサンタクロースのネタを披露した時も、ネットで物議を醸していたという(簡単に説明すると、サンタクロースの存在自体を知らないと言い出すユースケに、津田が「世界中の子供たちにプレゼントを配るおっさんだ」と説明し、「すごい、そんなおっさんがいたのか!」と感動したところに、「いや、違うねん。……本当はおらへんねん」と続け、「え、何それ? ……怖い話?」と応じてディスコミュニケーションが続くという構成である)。僕も、リアルタイムでは「うまいこと考えたものだな」とただただ感心していたのだが、披露されたのが今年だったら絶対に同じ感想にはならなかっただろう。家に小さな子供がいる、という状況は、思ったよりも表現世界を不自由にする。


 貴方は、子供の頃、クリスマスプレゼントをどのように受け取っていただろうか。プレゼントの入手法には大きく分けて、「事前に何らかの方法で欲しいものを表明しておくと、十二月二五日の朝、枕元に届けられている」という様式と、「サンタクロースが多忙で来られないなどの事情を慮り、両親が代理で欲しいものを購入してくれる」という様式の二パターンあるのでないかと考えている。我が家では前者であったので、小学生の間は、十二月二四日は夜眠るのが楽しみだったし、本当に欲しいものが届くのか、というハラハラ感もあった(欲しいものだけでなく、目覚まし時計とかの謎の日用品がおまけでつくこともあった)。実際のところ、小学校中学年の頃には既に、僕は所ジョージの学説の支持者になっていたので、ある種の様式美を楽しんでいたとも言えるだろう。僕には三歳年上の姉と三歳年下の妹がいて、少なくとも妹が小学校を卒業するまで、クリスマスの朝、きょうだい三人の枕元には何らかのプレゼントが届けられていたように思う。ただ、様式の形骸化は避けられず、中学二年生の僕の枕元に届いていたのは、CDコンポの引換券を名乗る謎の紙切れであり、年の暮れに母に連れられてケーズデンキまでコンポを買いに出掛けることになった。妹が中学生になった年、姉が大学生になって実家を出て一人暮らしを始めたので、それを境に、クリスマスプレゼントの恒例の流れもなんだか有耶無耶になっていった。

 言葉を選んで言えば、サンタクロースは来訪していないのだ、といつの間にか確信していた僕ではあるが、実のところ、章タイトルになるほど明確な「これぞ」という出来事があったわけではない。証拠(?)をつかんでやろうと、クリスマス前に僕のプレゼントが家のどこかに隠されているのではないかと探し回った経験もあるのだが、影も形も見つからなかった。小学校二年生の時、滅茶苦茶デカいホバークラフトのラジコンをもらった時も、クリスマスの朝に突然枕元に現れたのだとしか思えない登場の仕方だった。また、両親の方が早く寝て、僕の方が早く起きた年にも、枕元にはプレゼントが置いてあった。我が家のサンタは、人知れず明け方に活動していたのだと思う。


 1995年の話になる。僕がクリスマスに欲しかったのは、十二月上旬に新発売されたゲームソフト『ドラゴンクエストVI 幻の大地』であった。僕は、『ドラゴンクエストV』のためにスーパーファミコン本体を入手したくらいの人間であり、待望のシリーズ続編ということで、購入しない手はなかった。クリスマス商戦に合わせた販売時期であったことはまさに渡りに船で、僕は迷いなく、我が家のサンタにその希望を伝えていた。

 クリスマスの朝、枕元には綺麗に包装された小さな箱が置いてあった。勢いよく開封すると、中からは『ドラゴンクエストVI』のパッケージとともに、一枚のカードが転がり落ちてきた。「メリークリスマス サンタより」みたいな心温まるメッセージが英語で書いてあるのかと思ったら、そこには一言、日本語で次のような旨が記されていた。

「サンタが一足先にプレイしておきました」

 事情は容易に察せられた。当時、スーパーファミコンのソフトは異様な高騰を続けており、『ドラゴンクエストVI』は定価で11,400円もした。そもそも我が家ではゲームソフトと言えば、最寄りのカメレオンクラブ(中古ゲームショップ)で購入するものと相場が決まっていたし、十二月上旬に発売された最新ソフトとはいえ、運が良ければ、同店から購入することも出来たであろう。……いや、変な邪推はやめよう。

 ソフトを起動したところ、僕の『ドラゴンクエストVI』のぼうけんのしょ1は、「マックス レベル55」というセーブデータが入っていた。書置きの内容が真実であるなら、サンタクロースは、ゲームの主人公を自分の名前にはしないタイプの人間であるということになる。ゲームの主人公と自分を同一視するのでなく、その外側からメタ的に介入するというスタンスのプレーヤーなのだろう。僕も一緒なので、その点、非常に共感できた。また、十二月中は子供たちのプレゼントの準備などで忙しいだろうに、適当にやって投げ出すのでなく、短時間でレベルを55まで上げ、全面クリアしている点も好感が持てた。

 僕は、平然と、ぼうけんのしょ2を使って新たにゲームを開始した。セーブデータをそれほど分岐させたりしないタイプの人間なので、サンタのセーブデータを上書きする必要は生じず、結果として、後年、ソフトの内臓電池の寿命が尽きて全データが消え失せるまで、ぼうけんのしょ1にはサンタのデータが居座り続けていた。皮肉なことに、僕が主人公に何という名前を付けていたのかは、既に憶えていない。


 僕が人生で最も豪華なプレゼントをもらったのは小学五年生の時で、この年、父が土地を購入し、家を建てた。完成した新築の一戸建てに引っ越すことになったのが十二月二四日であって、僕たちきょうだいはついに、全員が念願の「自分の部屋」を手に入れた(前の家では、僕の勉強部屋に二段ベッドが設置されていて、妹と僕が寝ていた)。それだけでも十分で、「今年のクリスマスプレゼントは新居だ」と宣言されていたくらいなのに、次の日、僕の枕元にはスーパーファミコン本体と『ドラゴンクエストV』が置かれていた。

 そして、たぶんその次の年だったと思う。何かのプレゼントをもらって、はしゃぎながら(おそらくハサミか何かを取りに)一階に下りていった妹が歓声をあげた。何事かと階段を下りてみたら、リビングのソファに、当時の妹よりも二回りほど大きいクマのぬいぐるみがどっしりと座っていた。でーん、という擬態語が見えるくらいの存在感であって、あんな巨大なものが一体どうやって我が家にやってきたのか、今もってよくわからない。人生でなかなか類を見ない、最も幸せなサプライズプレゼントであったと非常に高く評価している。当該ぬいぐるみは「クマちゃん」という捻りも何もない名前で可愛がられ続け、今でも実家の僕の部屋で、僕の代わりに学習机の前に座っている。


 僕の娘は、幽霊も河童も妖精も、人魚も魔法使いもポケモンも現実にはいないのだと主張している。しかしながら、サンタクロースは実在しているのだという学説の信奉者である。実際に見たことがなくても、マッコウクジラがこの世に存在しているのと同じことであって、そこに疑う余地はないらしい。これを書いている今はまさにクリスマスイブなのだけれど、家人が起きていると家に入ってこない危険性があるので、今日は僕も妻も早く寝るように厳命されている。何時頃に来るのかという問いには、僕の妻が「午前二時頃だ」と根拠なく即答していた(丑三つ時とはいつのこと、というクイズの答えと同じテンションであった)。枕元にはプレゼントを置く場所もしっかり確保され、先ほど、娘は万全の体制で眠りについた。

 根拠はないが、この章を投稿し終わったら、そろそろ、我が家にもサンタからのプレゼントがもたらされるイベントが起こるのではないかと思う。肝心の僕自身の元には何も届かなくなって久しいし、サンタの正体が××××だと娘が確信するまであと何年猶予があるのかもわからないが、僕はそれでもクリスマスを十二分に楽しめている。……僕にしては良い歳の取り方をしたものだと、自画自賛したくなる。

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