だから僕はお笑いサークルを辞めた
就職活動の際、履歴書に大学時代に所属していた部活・サークル名を記載する欄があると、僕は素直に「落語研究会」と記入していた。これが意外と絶妙な問題で、時折、面接担当者側に「ほう、君、
大学に入る時にお笑いをやろうと思ったのは、自身のお笑いのセンスが世間に通用するか否か、それを見極めるためであった。僕は、中学高校と男子校に通っており、典型的な「仲間内でだけ面白いことを言ってウケている陰キャ」だった。確か、島本和彦が、「井の中の蛙が大海を知らないからと言って、大海に通用しないとは限らない」という暴論を掲げていたように記憶しているが、僕も、お笑いに関してだけは大体同じ気持ちだった。
本作品は僕のネガティブな話ばかりだし、大概、上記のような人間は鼻っ柱を折られるものと相場は決まっているが、意外とそんなことにはならなかった。何しろ、大学のお笑いサークルであり、アマチュアの世界である。舞台に立つと、大体の客は温かいので、結構ウケた。ゴリゴリのお笑いマニアの厳しい批判の目に晒されることもないし、多少スベっても落ち込むだけで終わる。僕は、爆笑オンエアバトルに出ていた頃のラーメンズとか(二人組時代の)バカリズムの世界観が好きで、一言で言うとシュールな作風の台本ばかりを書いたが、寄席(お笑いライブ)のアンケートは軒並み好評で、緊張しいのため「右側の人、手が震えてましたね」と死ぬほど書かれたこと以外は、まあ、よくやっていたのではないかと自画自賛している。
お笑いをやっていた頃の愉快な自慢話が一つだけあって、僕(正確には、僕と中学時代からの友人で結成されたコンビ)には一時期、女の子の「固定ファン」がついていた。2ちゃんねるを中心に電波ソングがもてはやされ、日本ブレイク工業の社歌が話題となっていた頃、それに便乗し、ある食べ物についての(どうでもよい)歌を作詞作曲して全力で熱唱するというネタを学内のライブで披露したところ、滅茶苦茶ウケた。そして、ライブが終わって帰っていく客に挨拶をしている時、他大学の女子二人組に「滅茶苦茶面白かったです~。ファンになりました」みたいなことを話しかけられ、適当に話している内に、確か、その二人もライブ後の打ち上げに参加するような流れになったのだと思う。以降、二人はライブのたびに僕たちのコンビを目当てに足を運んでくれ、連絡先を交換したし、二対二で何回か遊びにも行った。なお、彼女らは本当に僕たちコンビの純粋な「ファン」であったし、当時の僕は言い方を選べば「異性間性交渉未経験者」を拗らせまくっていたので、色恋沙汰には微塵も発展し得なかった。ただ、エピソードがリア充っぽいことは非常にありがたく、その後もしばらく恋愛弱者を続けることになった僕にとって、酒席などで「恋バナ」をふられた際、「僕、恋人いたことないんですけど、追っかけをしてくるファンがいたんですよ。しかも二人」という面白トークを返せることで、何度救われたかわからない。ファン二人との交流は、僕が舞台に立たなくなったことで、当然、自然消滅したが、間違いなく良い思い出である。
僕が、お笑いサークルを辞めてしまった理由はたった一つ、付き合っていたメンヘラ女に裏切られて人間不信に陥り、10か月間、引き篭もりになるという人生屈指の面白イベントにかかりきりになったからである。お笑いなどやっている場合ではない。むしろ、そのメンヘラ女との出会いのきっかけがそのサークルであって、僕の同期の友人との浮気がその「裏切り」の正体であるというのが真相なのだから、その状況でサークルを続けられる人間などいるのか(「落研やめますか、それとも人間やめますか」)という話になる。このあたりの詳細については、いつか整理して書き記したいと思っているが、辛すぎて記憶から消している部分もあるので、実現するかどうかすら危うい。……自分がお笑い番組を見て平気な顔で笑える人間に戻れたことを、奇跡みたいに感じる時もある。
お笑いをやっていて、人生の役に立ったことが明確にある。それは、プレゼンなど、人前に立たなくてはならない時、「別に笑いをとらなくてもよい」という時点で、お笑いの舞台より少しハードルが下がることだ。就職して以降、腕が震えるほどの緊張を強いられることは、殆どない。
「お笑いをやる上で、一番大事なのは、当然ですが相手を笑わせることです。そのためには、相手が何を面白いと思うか、何を楽しいと思うかを考える必要があります。それは、日常においても、相手のことをよく考える、ということに繋がっており、このことは、コミュニケーション能力の向上に役立ったのではないかと考えております」
これは、冒頭で示した面接のシチュエーションにおいて、僕が実際に返した回答である。僕の中では、「お笑いをやっていたにも関わらず、偉い人の圧力に屈して一ミリも笑える要素のない真面目な答えを無理やり捻り出してしまった」という面白話のつもりなのだが、笑うより先に感心されることが多い(本意ではないが、自分の株が上がるなら何だっていい)。お笑いをやっていたおかげで、僕はかろうじて一般人の会話に溶け込み、「話の通じるタイプのやばい奴」という評価で踏みとどまれている。そういう意味で、お笑いは、今の僕を支える生命線の一つなのかもしれない。
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