だから僕は〇〇を辞めた

今迫直弥

だから僕は小説執筆を辞めた

 タイトルが「僕」で、本文中では「私」ではあまりにも気持ち悪いので、使い慣れていない「僕」という一人称を採用せざるを得ないことで、既に本作品執筆へのモチベーションが少し下がっている。

 僕は、2000年代の前半まで熱心な「ワナビ」として、小説の執筆を趣味としてきた人間だ。ある時筆を折り、15年以上小説執筆から離れてしまったが、ちょっとした心境の変化があって「書くサイド」に舞い戻ってきた。その背景は、私小説風に『今迫直弥を名乗る人物からのメールについて』というタイトルで既にカクヨムに投稿している。基本的に、墓場まで連れていくつもりだった過去の自分の作品に少しだけ手を入れて(誤字脱字の修正や事実誤認の訂正など)、カクヨムで公開するというのを現在のライフワークとしている。ただし、告知や宣伝は一切しておらず、誰かに読まれることを想定していないため、日の目を浴びることは未来永劫ないだろう。そして、今のところ、ストーリーものの新作長編小説を再び書けるようにはなりそうもない。

 僕の中には、もう、「書きたい」ものがなくなってしまった。

 「小説執筆を趣味とする人間あるある」ならいくらでも思いつくのだが、一番は、「設定を思いついて書き始めたは良いものの、途中で行き詰まって完結させられなかった作品の残骸がPC内に大量に転がっている」というものだろう。「むしろ、書き上げた作品の方が少ない」というのが本当のところで、「長編作品を最後まで書き上げたことがない」という人すらいる。「長編を書き上げるのが難しいと思い、とりあえず短編作品を書くことにしてみる」という時期もある。そして、「短編作品すらも途中で挫折する」という地獄みたいな状況に陥る。それを乗り越えて最後まで書き切ってようやくスタートラインだが、大抵は書き切った作品が箸にも棒にも掛からない、というのが大抵の「ワナビ」だ。僕の時代は、作品を何かの新人賞に応募してみて、一次選考を突破しただけで大喜びして、さらにそれを糧に次の作品の執筆にとりかかって、みたいなサイクルになっていた(小説投稿サイトへの投稿から小説家になるようなルートが、こんなに太く、ありふれた話になるなんて思いもしなかった)。長々と何が言いたかったかというと、「書きたいことが溢れていて、実際の執筆作業がそれに追い付いていかない人」こそがワナビ足り得るのであって、書きたいものを失った人間は、たとえどんなに描写力に優れていようが、論理性に自信があろうが、何を書きあげることも出来ないということだ。

 実を言えば、ワナビ時代ですら、僕には、終わりも始まりもない自意識過剰な拗らせポエムみたいな散文を死ぬほど書いていた時期がある。アイデアが枯渇した時に、それでも何かを書いていたいと思ったからだ。今は、そんな情熱すらない。

 他の作品内でもよく主張しているのだが、僕は、ままならない現実に対抗する術として、架空の世界を充実させるべく、ルサンチマン・妬み・嫉みなど、心のざらつきを原動力にして執筆するタイプの人間だった。そんな僕が小説執筆をやめたのだから、理由はわかりやすい話である。控えめに言っても「リアルが充実してきて、小説を書く必要がなくなった」のである。15年以上前、筆を折る理由につながった具体的なエピソードを列挙してみる。


1 リア充爆発しろ、が持ちネタだった恋愛弱者の僕が、のちに結婚する女性との交際を始めた。

2 ニコニコ動画でポケモン対戦実況などに出合い、小説を書かなくても、無料でいくらでも暇をつぶせることに気が付いた。

3 乙一著『GOTH』を読んだら、自分が書きたいものの全てが含まれており、その他、「読みたい作品」は別に自分が書かなくてもこの世に既にあって、乱読してそれを探し出した方が良いという確信が芽生えた。

4 就職して忙しくなった。


 現実の方が楽しいなら、自分で小説を書く必要なんて少しもない。特に、読者が一人もいないなら、尚更だ。自作の小説なんて、自己満足以外の何物でもないのだから。あとは、「自分が面白い小説を書ける人間だ」と思われたいという自己承認欲求とどう戦うか、というだけの話だ。その怪物との付き合いは長い。僕はうまく飼い慣らしている方の人間だ。

 妻は、僕に小説を書くことを勧める。書ける人間は書くべきなのだという、それはノーブリスオブリージュに近い考え方に由来する。その考え方には一理あるが、もう僕は、書ける人間ではないのだと思っている。


 だから僕は小説執筆を辞めた。


 でも、書けるようになったら、きっと戻ってくる。戻って来たいと、今はそう、素直に思える。


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