第2話 献血に行くときは警戒させない服装で
「で?どうだったの?」
好奇心をみじんも隠さずに身を乗り出してくる澄香にささやかな反感を覚えた。
いつもの居酒屋に誘ったのは私のほうだが、すでにちょっと後悔している。そのメッセージのやり取りで例の「献血」の報告をしたことも含めて。
「『献血初回、惨敗』って言ってたよね。やっぱりうまくいかなかったんだ」
「うまくいかなくて予想通りみたいな言い方やめてくれない?」
「だって予想通りだし」
ビールをおいしそうにあおる澄香。多少おおげさに不満そうな表情をつくって友人の酒の肴になってやる私。
「前に話してたときからうまくいくはずないだろうなと思ってたもんね。献血が出会いになるなら、とっくにそういうの目的の人が大勢いてもおかしくないでしょ」
「私こそが第一人者になるんですー」
「でもうまくいかなかったんでしょ?」
「まだ初回だからー」
「そうその初回よ。どうだったのか教えてよ。私も献血行ったことないから献血自体に興味あるわ」
瞳孔が開き気味な当たり本当に興味はあるみたいだが、それは献血への純粋な関心ではないような気がする。
「うん、まあ私も初めてだったけどけっこう面白かったよ」
ビールの泡が上っていくのを眺めながら、数日前のことを振り返る。
***
予防接種以外の注射をするのは記憶にある限り初めてだった。
大きなけがも病気もすることなくこれまで生きてきたことは、私の数少ない自慢でもある。
事前に調べたとおりに多少食事に気をつかって、水分を多めに摂取していざ献血へ。身分証明書が必要だという情報もあったので、財布に自動車免許が入っていることも一応確認した。ペーパードライバーなので、もはや身分証明のためにしか役割を果たさないカードである。
献血ルームという未だかつて足を踏み入れたことのない施設は、想像していたものとはかなり違っていた。
一歩入ってまず、可愛らしめの色調で統一された室内に子どもの遊び場のような印象を受けた。三人掛けのクッション張りの長椅子が一定の間隔で並び、壁際の本棚には漫画と雑誌が収められている。
コナンあるじゃん!
なかなか全エピソードを把握することが難しい少年漫画が揃っているのを見て、つい心の中で叫んだ。
本棚のラインナップを把握したい衝動がおこるがぐっとこらえ、受付に向かう。
申し込みをして、健康状態に関する質問に答えて、問診を受けて、血圧と体温の測定をして、血液検査を受けて。
案内に従っていくとあっという間に採血ベッドの上だった。腕に注射針が刺さった状態でぼんやりと天井を眺める10分間。他にすることもなく、天井を区切る正方形がいくつあるのか数えていた。
***
「え、じゃあ他の人と話す機会とか全然ないじゃん」
そこまでの話を聞いた澄香が口をはさんだ。
「看護師さんとしか話してないんじゃない?」
「いやまあ、ここまではね?」
さすがに誰とも話す機会がなかったのなら「惨敗」なんて言わない。それは「不戦敗」である。
「採血が終わったあと体調が悪くなることもあるから、水分補給をしながら休憩してくださいって元の待合室に案内されたんだよ。そこで同じように待機してる人がいたんだけど……」
待合室に戻ったとき、そこにいたのは男3女3の6人だった。男の一人はかなりのおじさん、あとの二人は年齢的には対象内。
「だけど?」
「まあ……、うん」
言いにくい、実に言いにくいのだが。
「あんまり好みの人がいなかった、かなあ……。なーんて」
「……あんた最低」
「はい、私は最低のクズ人間でございます」
自分でも死ぬほどわかっているだけに、友人からの罵りはむしろありがたかった。
たまたまそこに居合わせた人たちは、自分が見知らぬ他人に「好みじゃない」判定をされているとは思いもしなかっただろう。アプローチしてないのに拒否されるとはとんだ理不尽である。
でもまだ続きがあるのだ。最低のクズ人間も一応はがんばってみたから言い訳させてほしい。
「でも女の子で若いかわいい子がいたから話しかけてみよっかなとか思って」
「話しかけたの?」
「ううん。しようとしたときに採血の部屋から男の人がひとり出てきたんだよ、同い年かちょい上くらいの」
「おっ」
あきれモードだった澄香の瞳が途端に輝きを取り戻した。
「話しかけたの?」
「話しかけたよ!」
「おお!でどうだった?」
「『惨敗』だよ!!」
メッセージで送った報告の通りである。
どんどんテンションの上がっていく澄香につられて、叫ぶように「惨敗」を宣言した。
「惨敗ってことは全然答えてもくれなかった感じ?」
「うん」
「なんて話しかけたの?」
「『献血よく来られるんですかー?私初めてなんですー』って」
「そのバカみたいな口調のせいじゃないの?」
「そのときは普通の口調だわ!さすがに!」
「ふーん。まあでもいきなり知らない人に話しかけられたら怖いわな」
知らない人に話しかけられるのが怖いという結論に達してしまうと、もう仕方ない。「初対面」と「知り合い」はどうあがいても重ならないところにある。
「はぁ。でもちょっと話すくらいいいのにね。どうせ待機時間は暇なんだし。……せっかく服も気合入れて行ったのになー」
「え」
「ん?」
ただの愚痴に目を見開かれるとびっくりする。なにか変なことを言っただろうか。
「ちなみに気合い入れた服ってどんなの?」
澄香の質問に「そこ⁉」と思うが、やけに神妙な顔をしているので詳細に答える。
「えーっと、青のノースリーブワンピに白のストールを肩にかけて、ヒール低めのミュールで、バッグは今日とおんなじこれ」
言いながら見えるように軽く持ち上げたのは、ボーナスで買った初めてのブランド物のバッグである。ブランド物としては手ごろな方だが、自分としては高めの買い物ということでかなり吟味して買ったお気に入りでかなりの登場率を誇っている。
「もしかしてサングラスしてた?」
「あー、そうだね。最近陽ざしきついから。でも室内では胸元に引っかけてたよ」
「メイクもばっちり?」
「あったりまえじゃん」
「あんたはバカか!」
額を押さえてうつむいた澄香が突然叫んだ。
「献血にそんな恰好して来てる女、警戒されるに決まってるじゃん。普通に怪しいし、あんたただでさえ顔濃いめなんだから余計だよ」
そこから長ーく続く澄香の説教はまとめると次の一言に尽きる。
「
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