献血に出会いを求める合理性について(自論)

イカリ

第1話 居酒屋で自論を展開する

「私、献血に行こうと思う」

「……あんたって社会貢献とか奉仕精神とかいうタイプだっけ」


 焼き鳥を食べる手を止めて疑惑のまなざしを向けてくる澄香は、私のことを非常によくわかっている。さすがは中学以来の親友である。


「ぜんぜん。よくわかってるね」

「何を偉そうに」


 ため息がちな声。


「で?そんな他人なんてどうでもいい主義のあんたが献血に行こうなんて言い出したのはどういう風の吹き回しなの?」

「私、非合理的なことが好きじゃないんだけど」

「――うん」


 結論とは遠いところから話を始めてしまうのは私の悪い癖である。しかし結局は答えにたどり着くことをわかっている友人は、何も突っ込まずにうなずいてくれた。


「献血って健康な人しかできないじゃない?それに社会に貢献したいとか誰かの役に立ちたいとか、どこか自己犠牲的な精神がないと自分の大切な血液と時間を提供しようなんて思えないじゃない?」

「うん、まあそうかもだけど言い方よ」

「つまりこれって」


 澄香のささやかな突っ込みはスルーして、ようやく私は結論に近づく。


「心身ともに優れた『いい人』しか献血には行かないわけよ」

「……うん?」

「そういう『いい人』と出会うために、私は献血に行く!」


 私の宣言は、安いチェーン居酒屋の雑音のひとつに紛れた。

 対面に座る澄香があきれ顔を向けてくる。


「出会いって、そんなのマッチングアプリでもした方がいいんじゃないの?」

「マッチングアプリじゃどんな人かわかんないじゃん」

「いや、献血で出会う人もどんな人かわかんないでしょ」

「いやいやわかるって」


 私は澄香の声を即座に否定する。


「さっきも言ったみたいに体は健康だし、誰かのために行動できる人だし、それに住んでるところか職場かは献血会場の近くにあるはずでしょ。遠くまで献血しに行く意味はないんだから」

「実はDV野郎かもしれないじゃん」

「そんなのマッチングアプリだってわかんないじゃん」

「……確かにね」


 それ以上の反論はなかった。

 その後、別の話題をつまみにしながら酒を進め、店をはしごし、終電間際に駅で解散となった。


 それぞれ反対方向の電車に乗るため、改札を通ったところで別れる。


「それじゃあまあ、献血行ったらどうだったか教えてよね」

「……ん?」

「行くんでしょ?出会いを求めて」

「ああ!りょーかいりょーかい」


 どうやら澄香には相当気になる話題だったらしい。

 あんなに熱く自論を語った私自身でも、そのあとに展開した様々な話題のせいで「献血」というワードにピンとこなかったと言うのに。


 とは言え酒に酔って適当な発言をしたわけではない。ずっと考えていたことである。

 ひとりになった帰りの電車では、献血に行く予定を立てていた。

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