第5話

 次の日の夕方。翔は安村に教室に残るよう言われ、一人で待っていた──少しして、ガラガラとドアが開き、安村が入ってくる。


「待たせた」

「いえ……」


 安村はドアを閉め、真っすぐ進む──翔の席の方にはいかず、窓の前で立ち止まった。口を開かず、ジッと外を見つめる。


「──あの……用は何ですか?」

「お前……滝本先生と、どういう関係なんだ?」

「え? 生徒と先生ですが?」

「他にもあるだろ? お前らが仲良そうなのを何度か見たことがある」

「あぁ……」


 翔は頬杖をかき、外を眺めると「姉と滝本先生が幼馴染なんですよ。だから俺と先生も仲が良いんですよ」


 翔がそう言うと、癇に障ったのか安村の眉がピクッと動く。


「滝本先生は素晴らしい先生だ……変な噂が流れれば、この学校に居られなくなってしまうかもしれないッ! そうならない為に、お前は二度と近づくなッ」


 翔はそれを聞いて眉を顰め、困惑したような表情を浮かべる。


「そんなこと言われたってなぁ……」


 翔がそう返事をすると、安村は鬼のような形相を浮かべ、翔の席の方へ近づく。机をバンっ! と、両手で叩くと「口答えするなッ!!」と、叫んだ。


「お前まさか、滝本先生の事が好きだとか言い出すんじゃないだろうな? 身をわきまえろよ。お前みたいな成績の悪い生徒が幸せに出来る訳だいだろ? お前はその辺の女でも好きになってりゃ、良いんだよッ!」


 目を見開き、鼻息を荒くして興奮する安村をみて、翔はヤバいと感じている様で黙ってやり過ごす。


 ──安村は落ち着いてきたのか、クルッと翔に背中を向けると「言いたいのはそれだけだ」と言って、出入り口に向かって歩き出した。


 扉が閉まると、翔は両手を机の上に出す。言い返せなかった事が悔しかったのか、拳をギュッと握り、震わせていた。


 ※※※


 一方、杏沙は安村の怒鳴り声で異常を察し、途中から廊下で話を聞いていたが、今は安村に見つからない様にドアが開く前に、階段の踊り場まで移動していた。


 安村が通り過ぎていくのを確認すると、翔の居る教室には行かず、階段を下りて行った──。


 杏沙は玄関を出て、車を走らせる。向かった先は──近くの本屋だった。真っ先に向かったのは参考書が置いてあるコーナーで、具体的に何を買うのか決まっていないのか、携帯を取り出していた。


「う~ん……これはどうかな?」


 杏沙はそう呟きながら、携帯で調べて、また本棚を見つめるを繰り返す──そうやって種類の違う参考書を三冊選ぶとレジへと向かった。


「とりあえず最初は、これだけにしておくか」


 ※※※


 その日の夜。翔は安村に言われた事を整理したかったのか、公園のベンチで涼んでから帰っていた。


 何も言わずに自室のドアを開けると「ん? 何だ、あれ?」と、机の上に置いてある参考書に直ぐ気付いた。


 翔はゆっくり歩き出し、通学鞄を床に置くと、クッションの上に座る。参考書の上にあるメモを手に取り、読み始めた。


『翔君へ。私は勉強が出来ない=幸せになれないなんて思っていません。人には得手不得手があります。誰に何を言われようとも、自分の道は自分で選び、どうかあなたの行きたい道を貫いてください。あなたを応援する謎のお姉さんより』


 メモには可愛らしい字で様々な色を使って、そう書いてある。最後には漫画の主人公のチビキャラが描かれていた。


 翔はグッと来るものがあったのか、涙を浮かべる──グイっと指で涙を拭くと「まったく……何が謎のお姉さんだよ。バレバレだっつうの」と言って、ズボンから携帯を取り出していた。

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