第4話

 次の日の昼休み。翔が購買に向かって歩いていると、後ろから杏沙が「翔君、待って」と声を掛ける。


 翔は足を止め後ろを振り返ると、昨日の事が気まずいのか、視線を逸らすように俯いた。


「なんだよ……」

「お昼はもう買ったの?」

「まだだけど」

「良かった。じゃあ付いてきて」


 杏沙はそう言って歩き出す。翔も続いて歩き出だした──着いた先は体育館の裏で、そこには誰一人と居なかった。


「ちょっと暑いけど、ここなら誰も食べに来ないし、お弁当一緒に食べましょ」

「わざわざ作ってきてくれたのか?」


 杏沙は翔の質問に答えず、黙ってレジャーシートを広げ始める。


「──まさかぁ、今日はたまたま食材が余っているのを見つけて、多く作っちゃったから誘ったのよ」

「ふーん……」


 杏沙はレジャーシートの上に膝をつくと、御弁当の包みを解き始めた──お重箱とまではいかないが、成人男性向けの大きな弁当箱が二つあり、ギッシリと野菜や鳥の唐揚げ等が詰まっている。


「随分と食材を余らせていたんだね」

「うるさいわね……」

「まぁ良いけど」


 翔はそう言って、レジャーシートの上に座った。杏沙は翔の前に、おしぼりを差し出す。


「先に手を拭いてね」

「はーい」と、翔は返事をして、おしぼりの封を開ける。


「なぁ。生徒とこんなことして良いのかよ。先生好きな奴、多いんだぞ」

「ふふふ、バレなきゃ良いのよ」


 杏沙はそう言って、翔の前に割りばしを差し出した。翔は手に取り、「頂きます」と言って、割りばしを割る。杏沙は微笑みながら「どうぞ召し上がれ」と答えた。


 ──二人は昨日の出来事が嘘だったかのように自然に、会話を楽しみだした。遠くで担任の安村に見られていたとは知らずに……。


 杏沙は食べ終わると、せっせっと片づけを始める──。


「ねぇ、ショウちゃん。昨日はごめんなさいね。付き合う、付き合わないはショウちゃんの自由だもんね」

「あぁ……」


 翔は地面に両手をつくと空を見上げ「別に良いよ。俺も俺の為に言ってくれたのに、怒鳴ったりして悪かった」


「うぅん、大丈夫」


 翔は地面から手を離し、落ち着かない様子で髪を撫で始める。


「実はさ──」

「ん?」

「俺……好きな奴が居るんだよね」

「え……」


 杏沙はそれを聞いて驚いたようで、レジャーシートを畳んでいた手をピタッと止めた。


「だ、だれ? この学校の子?」

「この学校の子といえば、そうなるかな? ごめん、いまはこれ以上、教える時じゃないって思ってるから、これ以上は聞かないで」

「わ、分かった」


 杏沙はレジャーシートを小さく畳むと「もしショウちゃんが望むのなら、応援してあげなくもないからね」


「うん、ありがとう」

「じゃあ、私は先に行くね」と、杏沙は言って小刻みに手を振ると、そそくさと翔を置いて、その場を後にした。


 ──その日の夕方。杏沙は林を人気のない踊り場に呼びだし、翔に好きな人がいることを告げていた。

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