第3話

 授業が終わり昼休みに入る。杏沙が職員室で休んでいると、三人の女子生徒が入ってきた。


 女子生徒たちはゾロゾロと杏沙に近づく。生徒の一人が「滝本先生! ちょっと聞いて貰いたい事があるんですが」と、元気よく言うと、杏沙は生徒の方へ体を向けた。


「どうしたの?」

「ここだとちょっと……」


 杏沙はそれだけで何かを察したようで「あぁ……じゃあ人気のない場所へ移動しましょうかね?」


「ありがとうございます!」


 四人は職員室を出て、人気の少ない階段の踊り場に移動する──。


「それで林さん。話って何かしら?」


 林さんはモジモジしながらも口を開き「えっと……気になる人が居るんです」と言った。杏沙は驚きの表情も見せず、ニッコリと微笑む。


「こんな可愛い女子生徒のハートを射止めたのは、何年何組の男子かしら?」

「──二年一組 上田 翔君です」


 それを聞いて杏沙は一瞬、目を見開き驚く。だが直ぐに表情を戻して、「そう。同じクラスね」


「はい! でもなかなか話すキッカケが無くて……先生は翔君と幼馴染なんですよね? 何か教えてくれませんか?」


 杏沙は唇に人差し指を当てると「そうね……あ、今度の家庭科、御菓子作りの実習にして貰えるよう先生に頼んでおくよ。あとは──」


 杏沙はそう言って、翔の好きなものを林に教えてあげていく──


「ありがとうございました」と、杏沙に向かって頭を下げた。


「良いのよ、頑張ってね」

「はい!」


 女子生徒の三人はキャッキャと楽しそうにその場を去っていく。杏沙は何だかスッキリしない笑顔を浮かべ、手を振りながら見送っていた。


 ※※※


 ある日の夕方。翔が「ただいまー」と自室に入ると、漫画を読んでいた杏沙は、そのままの姿勢で「お帰りなさい」と答える。


「ねぇ、ショウちゃん。今日、何か変わった事なかった?」

「変わった事?」

「家庭科でクッキーを女子から貰わなかった?」


「あぁ」と、翔は返事をしながら通学鞄を床に置き「貰った」


「美味しかった?」

「うん、美味しかったよ」

「──良かったね」


 杏沙は表情一つ変えないままそう言って、漫画を閉じる。翔は杏沙の正面に座ると「うん。ところで何で杏沙が知ってるんだ?」


「ちょっとね……ねぇ、貰ったのは林さん?」

「うん、そうだよ」

「ショウちゃんは林さんの事、どう思ってるの?」

「どうって……」


 翔は返答に困っている様で言葉を詰まらせる。


「好きとか、可愛い! っていうのは無いの?」

「確かに顔は可愛いとは思うけど、あまり話した事ないし……」

「今日は話せたんじゃないの?」

「うん、話せたよ。でも──」


 杏沙は体を乗り出し「じゃあさ! 付き合っちゃいなよ!」と、テンション高めに言った。それを聞いた翔はムッと怒った表情を浮かべる。


「何でそんな事を言うのさ!?」


 杏沙は翔の勢いに気圧された様で、姿勢を戻すと俯く。


「なんでって……」

「あのさ、杏沙は俺の学校の先生だよね? 俺が生徒と付き合うって事は、杏沙はもうこの部屋に来られなくなるかもしれないんだよ? それでも良いのかよッ!?」


 翔の怒鳴り声に、杏沙はハッとした表情を浮かべる──顔を歪めると「それは……嫌かも」


「ふぅ……」と、翔は溜め息をつくと、俯く。そして「──今日はもう帰ってくれないかな?」


 杏沙はスッと立ち上がり「うん……そうするね」と、返事をし、部屋を出て行った。

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