21.春のノリで許されろ《お題:春の水》
必須要素:ラー油
***
「はーるのーうらーらーのー、すぅみーだーがーわー」
隅田川ではない、春の近所の小さな川で、足をちゃぷちゃぷとやっている。川というより用水路に近いので、ゴミが浮いてて、ちょっと澱んでて、生ぬるい。
川のほとりには、大きな桜の木がある。まだ点々と固い蕾があるばかりだけど、いずれは桜の花が咲く。そしたら、散った花びらが川に溜まって、一瞬だけ美しいピンク色になる。……まあさらに数日すれば、花びらも色褪せてゴミ溜めみたいになっちゃうんだけど。
「うわ汚な。足にゴミついた最悪。もう帰ろっかな……」
勝手に裸足になって、勝手に川に足をつけたとは思えない身勝手さで足を引き上げると、思わず顔を顰める。
ラー油の匂いがする。
川に油が浮いてるとは思ったけど、近所の川あるあるだと思って見逃していた。けどこれもしかして、ラー油の油か?
「うわ最悪。ラー油溢したんだけど。もう帰ろっかな」
声がするので顔を横に向ける。
人魚がいる。
「すいません、ここ川なんですけど」
「あのさ」
人魚が川から半身を出して、物申す姿勢をとっている。
「人魚に限らず、これ持って歩いてる人が道に迷ってると思うんかね?」
よくよく手元を見れば、スーパーの袋に入った餃子とラー油の小袋をぶら下げている。
「これ持って、川から桜を見てるんだぞ? まあ普通に考えて花見だろ」
普通に考えるには前提が特殊すぎる。
ただ、世は多様性の時代。そんなこと下手に突っ込もうもんならコンプラに引っかかって炎上する。人魚界隈から大量に鍵引リツされる。
そんなのは嫌なので取る行動は一つ。
「まあ、そうですね」
適当に頷き、深く関わらないことだ。
「突っ込めよ。明らかに人魚を初めて見る顔じゃないか。むしろ良くそんな薄いリアクションできたな」
人魚にドン引かれてしまったので、仕方なく深掘りすることにした。
「で、人魚がこんな小さい川で何してるんですか」
「この桜が散ったら川が大変なことになるから、その前に腹ごしらえしようと思ってな」
「どういう意味です?」
人魚の存在について全然話さないので、こちらももう触れないことにする。
「桜の花が散ったらさ、川に溜まるだろ?その時はいいんだよキレイだから。……たださ、それが数日経ったらどうよ?」
「はあ……。散った直後はいいけど、その後は汚いなって、まあ思いますよね」
人魚は餃子を頬張りながら頷いている。川の水でびしゃびしゃだけど、いいんだろうか。
「ま、桜の花に限らずだけどさ。川には色んなもんが落ちてくるわけよ。空き缶とか、紙ヒコーキになったテスト用紙とか、食いかけの餃子とかさ。それを掃除するのはさ、やっぱ川に住んでる種族ってのになるわけ」
「まさか、その餃子……」
「昨日落ちてきたからまだ新鮮」
人魚はサムズアップしているが、賞味期限が気になって話が入ってこない。
「実を言うとさ、人魚はもうちょっと海寄りの地域にしかいないから、こんな上流までこないわけよ」
「川には一応住んでるんですか……」
「ただ、先住民のカッパが最近ゴミの多さに参っちまって。代理としてここまで駆り出されてるってこった」
情報量が多すぎてついていけてないが、これだけは分かった。
カッパ、いるんだ。ここザリガニすらいないのに。
川を漂う謎の小魚ばかり食べてひもじい思いをしているカッパに思いを馳せる。
「食うのには困らないけどよ。もうちょっと何とかならんかね。せめてポイ捨てを止めるとかさ」
「それこっちに言われても困るんですけど。別にわざわざここまでゴミ捨てに来たりしないし」
「まあなぁ。SDGsの貼り紙でもしとくかな」
「それかお化けのフリして脅かしたらどうです?『置いてくな〜ゴミ置いてくな〜』って」
「なんかそんな妖怪他に居なかった?」
何だかんだ、初対面との人魚と話が盛り上がってしまい、いつの間にか日が傾いていた。
足を濡れたままにしてたので冷えてしまい、くしゃみを一つする。
「ちょっと寒くなってきたんで、もう帰ります」
「はいよ。お疲れー」
夜勤明けのような緩いノリで、お互い解散する。
私は靴を履くために足の土を払い、付いていたゴミを取って川に放り捨てた。
「川にお帰りー」
土手へ向かう私の背中に向かって、人魚は言う。
「話聞いてた?」
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