17.親友だもの《お題:そ、それは……液体》

必須要素:いびき

***


 親友の寝相が最悪だったことを、私は初めて知った。

 大学に入学したばかりの時に知り合って、彼女とはもう2年の付き合いになる。1年の頃はまだコロナの影響がすごくて、どこにも出かけられないのがもどかしかった。

 それが、ついこの前から始まった旅行割を機に、2人で初めての旅行を計画して今に至る。

 泊まりでの旅行は今まで全く無かったから、隣同士の布団に寝そべるだけでわくわくしていた。親友が凄まじいいびきを立てるまでは。

『えっ、地鳴り?』

 微睡みから跳ね起きてみれば何のことはない、親友のいびきがあまりに大きいだけだった。おまけに彼女の身体は逆のくの字に曲がっていて、夕食の蒸し海老が取り憑いたとしか思えない、衝撃的なものと化している。

 それを見た時の感情は、己のボキャブラリーではとても説明がつかないものだったと覚えている。


「ねえ、荷造りできてる?そろそろチェックアウトしよっかなーって思うんだけど」

「いいよー。もう出れる」

「……何かあった?」

 親友は私をじっと見つめた、と思われる。なんせ、こちらが気まずさから目を合わせられていないので、確認のしようがない。

「ちょっと変だよ、何かあったんだったら言いな?」

「いやー……」

 あなたの寝相が衝撃的すぎて、と言ったら、2年の間に育んだ友情は壊れてしまうんだろうか。そう思うととても言い出せなかった。

「久々に出かけたから、ちょっと疲れた、みたいで」

「あ、分かる。私も今日早く起きちゃって眠いんだよね。もう年ってことよ」

「ちょっとー。やめてよそういうこと言うのー」


 何が親友だ。座っていた布団に染みを見つけ、苛立ちのままにつねる。

 彼女の寝相すら指摘できないくせに、よくも親友なんて言えたもんだ。仲が悪くなるのが怖くて言い出せないなんて、友達失格だ。でも、それを言って嫌われるのが怖いのも、言い訳しようのない事実だった。

「ね、ちゃんと言いたいことは言いなよ」

 彼女の言葉に、はっと顔を上げる。

「私たち、親友じゃん?」

 彼女は歯を見せて笑っていた。私は大きく頷く。

「……分かった、これから言えるように頑張る。いつか、ちゃんと打ち明けるから!」

「えっ、そんな重い話抱えてるの」

「重くは、ないんだけど。言うのに勇気がいるから」

 でも、いつかちゃんと言うから。

 私は彼女に微笑む。だって私たちは、親友だから!


「あの子、だいぶ疲れてるのかな」

 部屋を出ようとする後ろ姿を見て、私は呟いた。

『いつか、ちゃんと打ち明けるから!』

 彼女の言葉を思い出す。

 そんなに勇気のいる何かを抱えていたなんて、知らなかった。

「そんなに抱え込んでたんだ。そりゃ、あんな寝方にもなるよね」

 私は彼女の寝ていた布団を見やる。そこには、大きな染みが残っていた。

 それは……液体の跡。それも、彼女が作ったもの。


『えっ、雨漏り?』

 跳ね起きてみれば、そこには水たまりができていた。

『こ、これは……』

 それは……液体。正確に言えば、彼女の涎だった。

 彼女は工事現場の音かと思うほどの歯ぎしりをしながら、口から涎を流していた。

 それを見た時の感情は、己のボキャブラリーではとても説明がつかないものだったと覚えている。


「よほどのことが、あったんだろうな……」

 私はその光景を思い出し、しみじみと考える。

 今朝のことは、秘密にしておくべきだろう。彼女が何かを抱えるように、私もこのことを抱えていよう。

 そして、いつか彼女がそれを打ち明けたとき、どんなことでも受け止められるような人間になろう。

「それが、親友ってものよ!」

「何か言った?」

「ううん、何でも!行こ!」

 私は染みのついた布団を踏み越え、彼女の背を追った。

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