14.あくまで社畜ですから《お題:メジャーな悪魔》
※一部編集を加えてあります
***
何故、世の中の悪魔像はこんなに真面目な感じになってしまったんだろう。
「あの、契約書とかって無いんですかね?」
『ああ、ハイ、ございます……。ちょっとお待ちを』
真っ黒い営業鞄の中をガサゴソ漁っていると、客の視線が突き刺さる。明らかに「こいつ大丈夫か?」って態度が現れた冷たい目でこっちを見ている。
『すいません。ではこちらにサインを……。あ、タダの写ししかないです、ホントです』
2枚続きのカーボン紙を捲り、裏の紙まで慎重に目を通される。そんなことしなくても、全く同じ文面しか書いてない。
何故、世の中のメジャーな悪魔のイメージが、「真面目で契約に忠実、しかし狡賢い」になってしまったんだろう。
お客様は人間ばっかなんだから、皆分かるはずだろう。悪魔がそうなんじゃなくて、優秀な営業マンは大体そんな感じなんだって。
こちとら多数の案件とノルマ抱えてんだ。個人契約の自営悪魔ならともかく、雇われ社畜悪魔のボクにいちいちそんな丁寧な営業しているヒマはない。
『それでは、私はこれで失礼いたします。後日書類をお送りしますので……』
悪魔専用の魔法陣トンネルで、時空の歪みに飛び込む。暗黒の空間で、ボクは長い長いため息をついた。
『もうヤダ。仕事したくない』
空を仰ぐ。空はないのでドス黒い闇を無心で眺める。
『彼女が欲しいとか、ンな大した契約じゃないんだからさっさと終わらせてくれりゃいいだろ。ていうか悪魔と契約する行動力あるなら街コン行け! マッチングアプリしろ!』
虚無を蹴り飛ばし、自身の心まで虚無に落ちる。
こんなしょうもない外回りはうんざりだ。帰って早く晩酌したい。
『あと一件回れば終わり、あと一件回れば終わり……』
口の中で反芻し、無理矢理口角を上げると、再び魔法陣トンネルから排出された。
「すんません。俺、世界を滅ぼしたいんですけど……」
食いしばった歯ぐきから血が流れそうだ。
具体的な要望がないので、カウンセリングから始めないといけない。そして初期提案の規模がデカすぎるのでもう少しミニマムにしないと予算が見合わない。
全部調整して、終わるのは何時になるだろう。
考えてると、すらすらと言葉が出てきた。
『お客様、だいぶお疲れのようですので、一晩寝て明日また打ち合わせをしましょう。また明日具体的な要望をお聞きしますので、今回は一度本社に持ち帰らせて頂きます」
返事をする前に、魔法陣トンネルですばやく脱出。
悪魔としても失格、営業としても失格な振る舞い。絶対明日客に怒られる。
だが知るか。もう何日残業続きだと思ってンだ。たまにはボクだって定時で帰りたい。
その思い通り、ボクは帰ってワインを開け、いぶりがっこを摘んでユーチューブを脳死で見て、そのまま寝落ちするという自堕落の極みに至った。これこそがボクの理想の悪魔像。堕落、最高。
ちなみに翌日、昨日の客に再び呼び出された。
「昨日はすんませんした。俺、疲れてました。営業さんの言葉のおかげで、冷静さを取り戻せたんです」
思わぬ言葉。意外にも、昨日の客はボクを気に入ってくれたようだった。
「改めて、契約をお願いしていいですか」
ボクは大げさに頷く。
『エエ、もちろんですとも。ご要望をお伺いしていいですか?』
楽な契約になれ。楽な契約になれ。
ボクの願いに応えるように、客は口を開いた。
「世界征服をしたくて……」
ばりん、と何かが音を立てた。手元を見ると、握っていたペンが真っ二つに折れている。
『では、細かい内容を詰めていきましょうか……』
新しいペンに持ち帰ると、私は営業スマイルを浮かべた。同時に心から思う。
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