13.気持ちも一緒に詰めまして《お題:弱い弁当》

 最近、お弁当が美味しくない。

 スマホのアラームが鳴る前に目を覚まして、顔洗って歯磨いて、昨日のおかずの残りをチンしながら卵焼いて、ご飯弁当箱に詰めて、温まったおかずも詰めて、プチトマトとかサニーレタスを適当に添えたお弁当をしばらく冷ます。コーヒーを飲みながら虚しさを覚える。

 蓋を閉めて、数時間後にはまたこの蓋を開けるのかと思うと、憂鬱になる。時期遅れの5月病か、新卒2年目特有の軽いうつ症状か。

 小さい頃は、お弁当って聞くだけでわくわくしたのに。

 遠足でキャラクターの描かれた蓋を開けて、中を覗くだけで、お母さんの顔が頭に浮かんで嬉しくなったのに。

 お弁当の残りを乗せたトーストを齧る。卵の味が薄い。何かが足りないおかず、何かが弱いお弁当。作り主の私をよく表した、嫌な味だった。


「あの、私たちこれから外にランチしに行くんですけど、良かったら一緒にどうですか?」

 その日の昼休み、同僚の1人に声を掛けられた。

 他部署で、あまり関わりのない数人がちょっと遠くで私を見ている。

 声を掛けてきた当人はというと、私の手元を見て「あっ」と言いたげな顔をしている。ちょうどお弁当箱を開けようとするところだった。

「いいですよ。これは今日の夕飯にするので、ぜひご一緒させて下さい」

 同僚の顔にパッと笑みが広がった。


 小綺麗な店内に、お洒落なサラダ。大きなお皿に小さく盛られた色とりどりのパスタ。

 とっさにスマホでぱちりと写真を撮る。向かいの席の人がくすりと笑った。

「そういうの、やらない人かと思ってました」

 私も笑い返す。確かに普段はやらないし、今のは花か何かを撮るつもりでスマホを構えてしまった。

 その流れで、自炊のとか外食の話題が始まる。

 私が毎日お弁当を作っているとを話すと、他の人たちは口々に褒めてくれた。

「凄いよ! なかなかやれることじゃないって!」

「マメな人、憧れます!」

 あんまり目を輝かせて言われると、こちらが困惑してしまう。毎日の習慣で、何も思わずやっていたことに、何か価値が与えられたような気がしてしまった。

「インスタにお弁当アップしたらどう?」

 その提案は慎んで遠慮させてもらったけど。


 楽しいランチを終えたおかげか、午後の業務はいつも以上に手際よく済んだ。

 定時通りに会社を出ると、ふとお腹に手を当てる。

 昼食からそれほど時間が経ってないのに、空腹を覚えている。

 量が少なかったとか、美味しくなかったとか、そんなことは決してなかった。ただ、人と食事をするのが久しぶりで、緊張していたのは確かだった。

 鞄の中から、昼に食べなかったお弁当を取り出す。まだ夕方だけど、近くの公園で食べてしまおう。


 誰も座っていないベンチに腰掛け、お弁当の蓋を開ける。

 朝から一度も蓋を開けなかったせいか、何だか違う人が作ったみたいな、よそよそしい顔でおかずが並んでいた。

 卵とか、傷んでないといいな。

 祈る気持ちも含めて手を合わせる。

 冷め切った卵焼きを箸でつまみ、口に入れると、じわりと甘味が広がった。思わず目を丸くする。

 ……美味しい。

 ちびちびと箱の中身を口に運ぶ。いつもは味気なかったおかずが、空腹の身体に染みていくような心地だった。

 いつもと違う時間で、違う場所で食べたからか、味の濃い外食の後だったからか、それとも同僚にお弁当を褒められたからか。

 理由は分からない。けれど、今食べているものは間違いなく、美味しいと思えた。

 だから、私は冷たくなったおかずを、大切に大切に口へと詰めていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る