12.その血に酔いしれる《お題:有名な食卓》
「このワインは私の血であり、このパンは私の肉である!」
いや突然それは寒いわ。ていうか怖い。
今私がいるのは、決して例の「有名な食卓」のワンシーンではない。名前を聞いてもピンとこないような新興宗教の定例会だ。
ご立派な口上を述べながらも、掲げているパンは山崎の菓子パンであり、ワインもコンビニで手に入る安酒。あまりにジャンクな血肉だった。
そして、ここにいるのは教団の幹部連中ばかり。教祖様がどんなに御高説を垂れようが、ヨイショしてくれる信者はいないし、何なら今回のは皆若干引いている。
「では教祖様の有難いお言葉と糧を与えられた所で何ですが、報告です」
赤字です。お金が足りません。
でしょうね、と私の報告に皆思ったことだろう。
ここ最近、信者が急速に減っている。派手な動きをしている訳でなくとも、組織というのは維持するだけでお金がなくなるものだ。
対して、残っている信者もそこまで熱心にお布施をしてくることもなく、教団は緩やかに終わりへと向かっていく最中だった。
「教祖様、お言葉ですがもう少し信者への態度を改めては如何かと」
「む、どういうことだ」
「教祖様のお考えに、信者がついていけてません」
教祖様の良い所は、頭が良いことだ。難しい言葉を並べたててするする話を進めていく所を見れば、馬鹿な奴はころりと信用して入信する。
そして、教祖様の悪い所は、頭が良いことだった。例えばさっきの『最後の晩餐』の引用だって、まず信者には伝わらない。筋道立てて自身の理論をすらすら進めて行く所を見ても、馬鹿な奴はぽかんとするばかりだ。
「何というかこう、もっと信者に都合のいい言葉を与えてあげて下さい。じゃないと向こうもお金を落とさないので……」
教祖様はワインを煽ると、朗々と言い放った。
「『巧言令色、鮮いかな仁』というだろう」
だから、論語から引用するな。
「今のもそうですけど、ここに入信するような層に、論語が分かる教養を持つ者はほぼいません」
なお、幹部は今のに感銘を受けて震えていた。信者全員こうなら楽なんだけど。
「もっと、レベルを落としてくれませんか?」
教祖様に言いながら、虚しくなってきた。
大学で教祖様に出会い、彼の言葉に胸を揺さぶられるような気持ちになり、この教団を開くに至った。
今の幹部も、教祖様に惚れ込んで集まった人間ばかりで、彼の教えは必ず世間に需要があると確信した。
しかし、世の中は思ったより馬鹿しかいなかった。
碌な教養もなく、頭も悪く、一般常識の欠片もないような愚図ばかりだった。
教祖様の教えを受け入れられるような下地が整っていない相手が信者になった所で、無意味だったのだ。
「教祖様についていけるような人間ばかりなら、こんな事を申し上げなくて済むんですけどね」
私の言葉に、お通夜のような空気が流れる。
すると、教祖様は突然こう言い出した。
「学習塾を始めるか」
「……は?」
その場にいた全員が、ぽかんと口を開けた。
「何故思いつかなかったのか。下地となる知識がないのなら、こちらが植え付けてしまえばいい」
「いやいや……」
「教団の人間全員が賢くなるならば、今の問題は解決だろう」
うむ! と、教祖様は元気よく頷く。本気だった。
「はは……」
乾いた笑いしか出てこない。
そうだった。教祖様についていけないのは、私たち幹部とて同じだった。
だからこそ、彼について行きたいと思ったのだった。
「まあ……いいか」
教祖様の言葉が理解できるような人間が増えて、そして皆が教祖様を慕うようになるなら、形は何だっていい。
それが宗教だろうが、学習塾だろうが、何でも。
私はワインを煽る。
だが、これで教祖様の教えに近づけるなら、それは随分安い話だと笑うのだった。
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