10.春の花を売る国《お題:3月の国》
3月の国は、何処よりも早く雪が溶け、真っ先に春風が吹き込む、世界で一番冬の終わりが早い国でした。
国民たちが忙しくなるのも、ちょうどそれぐらいの頃です。
「もう卒業式の花は出来てるか?」
「今、うちの娘が様子を見に行ってます!」
3月の国は何処よりも早く春が来るので、何処よりも早く春の花が咲きます。
それを摘んで、春先のイベントに届けるのがこの国の大きな仕事でした。
「お母ちゃん、大変!花が咲いてない!」
今年も、そのはずでした。
今年の冬は厳しく、そして長かったのです。
それは3月の国も例外でなく、まだ肌寒さが残る気候のために、春の花は開花が遅れてしまっていました。
「どうすんだ、これ……」
花壇に並ぶ蕾たちを前に、運送会社の社長はわなわなと震えます。
「うちの国の花は、1年前から予約貰ったんだぞ!
ちょっとでも遅れてみろ、信頼がパァだ!」
何処かの国の、予約したのに成人式の着付けが間に合わなかった事件が国民たちの脳裏によぎりました。
あんなことを国単位でやらかしたら。その場にいた全員の背筋に寒気が走ります。
「いいから花を探せ!この際野草でもいい!」
国民たちは一斉に散っていきました。
「本当にどうすんだ……春の花が一輪もない……」
数時間後、戻ってきた面々は肩を落とします。
商品の納期までいくばくもありません。
「お母ちゃん、見て!花を見つけた!」
先程花壇の様子を見に行っていた娘が、花を一輪持ってきました。
「まだ他のとこにもこれと同じやつが咲いてたよ!」
娘の母親は花を見ると、首を振りました。
「冬の花ね。今回は学校の卒業式だから、冬の花束は場違いになっちゃうわ」
しかし、娘は春の花の蕾をいくつか拾いながら言いました。
「じゃあ、冬の花と春の花の蕾をあわせて、将来を表現するのは……どう?」
国民たちは顔を見合わせました。
いけばな的な発想です。しかし悪くはありません。
国民たちは、さっそく作業に取り掛かりました。
こうして、国民の1人が完成させた花束は、「未来を咲かせる」花束だとして大きく話題になりました。
国民たちは予想外の売れ行きに喜びつつ、また運悪く春の花が咲かなかった時の保険として考えつつ、ついでに1つの結論が出ました。
もっと早く花壇の確認をしておくべきだった、と。
その日以来、3月の国民はとても勤勉な国民性になったと評判になっているそうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます