8.どうにかなっちゃいそうだ《お題:12月の動揺》
12月に入ってすぐのことだった。
「俺と別れてほしい」
「……えっ?」
ひどく動揺した。いい歳した社会人の男が、クリスマス直前に彼女を振るなんて。お互いにとって全くメリットがない行為のはずなのに。
「ど、」
「クリスマスはどうするの、とか。それとも、年末はどうするの、とかか?」
彼は息を吐いた。
「どうもしないよ。自分の都合に合わせて過ごすだけさ」
君のそういうところに耐えられなかった。
彼は言い残し、伝票を持って席を立った。
外は刺すような寒気に包まれている。
雪が降るのを予測させる、芯まで凍るような寒さには耐えられるけど、ただ痛いだけの寒さは心底嫌い。
だって、何も良いことがないじゃない。
「寒い……」
身体を強張らせて寒さを防ごうとするけれど、大して意味もなく。
一足先に飾られたイルミネーションや、クリスマス仕様のショーウィンドウが、身も心も凍えさせるだけだった。
(私、クリスマスはどうすればいいんだろ)
会社の同僚は、一緒にパーティーを楽しめる程気の合う相手じゃないし、友達は確か予定が埋まっていたはず。
実家には帰りたくない。アラサーの娘がクリスマス直前に彼氏と別れたなんて知れたら、年末年始はずっとお通夜ムードに違いない。
(どうしよ。何にも思い浮かばない)
マッチングアプリで相手でも探すか、街コンにでも行こうかしら。
私はやけくそでアプリをダウンロードしようと、スマホの画面をつけた。何かの通知がきている。
「あ、カラオケのクーポン今日までだった。ポイントも多めにつくし行こうと思ってたのに」
行く前に別れちゃった。
また無駄に胸がずきりと痛んだ。
「いいや、いっそ1人で行こっかな」
野となれ山となれの精神で、私は駅前のカラオケに向かった。
1人で歌う西野カナと酒の相性の良さを、私は今まで知らなかった。それから、悦に入りながら歌う楽しさも。
「誰もいないし、何でも頼んじゃう!」
ポテト、無限キャベツ、パフェ、酒酒酒。
快適すぎる。楽しすぎる。
思えば、何処かに出かけるとき、私は必ず誰かと一緒にいた。家族だったり、友達だったり、彼氏だったり。
いずれにしろ、私は1人で何処かにいたことがなく。
それが、彼に振られる原因だったのかもしれない。
(別に私、1人が嫌って訳じゃないんだけどね)
1人で行くっていう選択肢がハナから存在してなかったってだけなんだけど。そこが彼は嫌だったのかもね。
ま、それは今の私には関係ないんですけど。
「ちょーむかつくのでー!今の楽しんでる私の自撮りを送ってあげまーす!」
フィルター最強で撮った、無限キャベツを頬張る私の自撮りにスタンプをペタペタ貼り、送信。
ついでにラインをブロック。
「怖いだろうなー。別れた彼女が深夜2時に無限キャベツとの自撮り送ってくんの」
わはは。ざまーみろ。
「ていうか終電とっくに無いんですけど!」
明日仕事ないしいっか!
私は寝転がって、目を閉じた。
「怖……酒怖すぎ……」
結局カラオケで爆睡し、目覚めると朝だった。
テーブルの惨状と己の乱れ具合に動揺する。
「ブロックした後どうなったんだろ……もう怖くて彼のライン一生見れない……」
充電切れかけの携帯を手に、そこそこ手痛いカラオケの深夜料金を支払って、外に出る。
朝日が眩しい。頬を撫でる冷やりとした空気と、柔らかくなった日差しが心地よく目を覚まさせた。
「ま、いっか」
昨日の私のおかげで、今の私は案外晴れやかな気持ちだった。
もう、今年の12月は大丈夫。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます