7.飲んだ記憶がない《☆お題:知らぬ間の罪》

必須要素:コーヒー牛乳

※一部編集を加えてあります

***


 冷蔵庫を開けた。冷やしていたコーヒー牛乳が無くなっている。

 舌打ちを1つ。昨日の夕方までは、確かに冷蔵庫の中にあった。この家に住んでいるのは私と同棲相手の2人だけ。私に飲んだ記憶が無い時点で、犯人は誰か分かっていた。

 一緒に冷やしてあったお酒もかなり量が減っている。割って飲みでもしたのか、私に知る余地はないけれど。

 隣の部屋から聞こえる大きないびきが、朝から治まらない頭痛に響く。もうちょっとも耐えられなくなって、ずかずか部屋に入ると、布団ごと彼を蹴っ飛ばした。

「いっで!」

 さすがに図体のでかい男は蹴っても大して転がらない。うめき声を上げたが、すぐに身体を起こした。

「何だってんだよ・・・・・・」

「コーヒー牛乳」

 彼は私の声に顔をしかめた。

「飲んでねえよ」

「いいよもう。何回も言って、いちいち名前まで書いてるのに、飲んじゃうんだもんね」

 相手を攻撃する言葉は、吐いてる自分にもダメージが来る。

 ちょっと嘔吐きそうになりながらの、追撃をお見舞い。

「酔ってたら何にも分かんないもんね?」

 彼は鼻で笑った。私は近くのティッシュボックスを顔めがけて投げる。

 避けようともしないので、それは予定通りに顔面にぶつけられた。

 彼は何も言わない。冷蔵庫を開けると、ジュースのパックを乱暴に開けて煽る。500ミリのオレンジジュースはあっという間に無くなり、空いたパックをテーブルの上に放る。

「タバコ」

 彼はつっかけで外に出て行った。

 ドアの閉まる音が合図とばかりに、私は横の壁を思い切り殴りつける。

 畳んでそのままになっていたタオルをひっくり返し、彼がこの前買ってきたばかりの新刊を意味もなく投げ捨てる。その横に、無意味に自分の読んでた本を丁寧に積んでやる。

 アマゾンの段ボールを踏みつけてぐしゃぐしゃにする。私の怒りが収まるまで、彼の知らぬ間に害の無い、しょうもない罪を重ねるだけ。何の意味も持たない行為に涙が出てきた。

「痛っ」

 右の足の裏に衝撃が走り、その場にうずくまる。

 足下にはガラスの欠片が散らばっていた。すぐ近くには、底が欠けた空き瓶が転がっている。見覚えのある色。冷蔵庫にあったはずのお酒の瓶だった。

 絨毯には大きなシミが出来ていて、酷い匂いがする。

 泣きすぎて鼻水が出てきた。何もかもが汚すぎて、今すぐにでも腹の中身を全部ぶちまけてやりたい気持ちだ。

 ただ、そこまでくると逆に冷静になるというもの。そこから私は、驚くほど淡々と作業を始めた。

 まず瓶の破片をビニール袋に入れて避ける。ひっくり返したものを片付ける。

 それからテーブルの空きパックを回収。パックの口が両側からぱっくりと開けられていることに絶望する。これも、私が何回言っても直してくれないことの1つだった。

「痛、」

 そういえば、瓶で切ったとこを処置していなかった。床に血の跡が点々とついていたことに今更気づいてげんなりする。

「とりあえず、水ですすご・・・・・・」

 私は重い身体と空っぽのパックを流しに運ぶ。流しの中には空空のパックがもう1つ転がっていた。コーヒー牛乳のパッケージ。持ち上げると、中から滴がぽたぽた垂れて、甘い匂いが漂う。

 私はため息をついて口を開け、水ですすぐ。

 そこで、ふと手元を見た。


 私、今パックの口のもう片っぽを開けた?

 


 頭痛が激しさを増す。

 今になって記憶を遡ろうとしたけれど、昨日の夜のことがすっぽり頭から抜け落ちている。


 彼は本当にコーヒー牛乳を飲んだ?

 ――――私は昨日の夜、何してた?


 玄関の扉が開く。固まる私を、タバコ臭くなった彼がじっと睨めつけていた。

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