6.マイン・フェア・レディ《お題:殺された唇》
陶器のようにつるりとした肌、つんと尖った鼻、丁寧に上げられたまつ毛。
愛らしい子犬みたいな瞳を細めて笑う彼女より可愛い子なんて、少なくともこのクラスには居ないだろう。
「ね、帰り遊びに行こ」
私の誘いを彼女は断らない。にこりと明らかな好意が篭った笑顔を向けられるだけで、優越感に満たされる。
それだけでは満足できないけど。
「何で他の子と話してんの」
放課後、私が詰め寄ると、彼女は身体を震わせた。フラペチーノを持つ手に力が入っている。
「他の子が話してくれるような可愛い子になれたのは私のおかげじゃん? 私を差し置いて他の子といちゃついてんなよ」
仕込んでるのは見た目だけじゃないけど。
勉強だって、可愛がられるような仕草だって、全部私が叩き込んでやった。
まるで現代の『マイ・フェア・レディ』。産んだのは彼女の母親だろうけど、今の彼女になるまで育て上げたのはこの私だ。
「いいや、カラオケ行こ」
目を合わせない彼女に、私はため息をついた。
この頃彼女が話してくれなくなった。
目も合わせないし、返事もしない。外に居ると緊張したように身体をこわばらせることが増えた。
昔は違った。私がどんなに好き放題しても、どこに行っても、彼女はむしろ嬉しそうにしていたのに。
なのに、私の誘いは相変わらず断らない。
以前と変わらない笑顔で受け入れる。
「意味わかんない」
彼女と別れ、帰り道をぼーっと歩く。
「お嬢ちゃん帰り? 可愛いねーモデルさんかな」
うるさい。
横に並ぶ男を無視してすたすた歩いてると、いつの間にか一人になっていた。
ナンパとか、スカウトとか、最近すごく増えた。
ここはSNSじゃないので。嫌な輩もブロックできない。
最悪。
家に着くなり、私は布団に倒れ込んだ。
飾り気のない畳の和室。でも寝落ちには最適。
私は服が皺になるのも構わず、無抵抗で眠りに落ちた。
起きると、彼女がいた。
泣き腫らした顔をしている。せっかく朝から時間をかけて整えた前髪が台無しだ。
そっと撫でつけてやる。ついでに顔のむくみ取りも、あとはブラウスのリボンも、しわしわのスカートも直す。
どうしてこんなに心が落ち着くんだろ。彼女も赤くなった目を細めて喜んでいる。
ずっと、彼女だけといられたら。
どうでもいい奴らみんないなくなって、いっそ世界も滅亡しちゃったら。
無理だよ。
彼女が、唇にそっと指を当てる。彼女の言葉はずいぶん前に聞かなくなった。言葉を奪われた唇は殺されたに等しい。
「そうだね」
私は目を細めて笑った。
そうだね、無理だね。
『マイ・フェア・レディ』。いつか私だけのものじゃなくなって、私の元から離れていくんだろうけど。
「また明日もお出かけしよ」
彼女はにこりと笑った。
まだ、誘いは断られていないから。
まだ、大丈夫。
まだ。
夢から覚めたら、寝起きで目を腫らした私がいた。
部屋の全身鏡越しに、私を見て微笑んでいた。
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