5.感性強化週間《お題:めっちゃ音楽》
「先輩、めっちゃ音楽鳴ってて煩いんですけど」
「アレだよお前、弊社来週まで感性強化週間に入ったからしばらくこのままだって言われたじゃん」
入社数年目の先輩は、涼しい顔で言った。
新人はまだ入社して数ヶ月、故に訳も分からないまま全身に『TRUTH』を浴びていた。昔のF1グランプリとかで流れてたあの曲である。
そのせいか、そこまで納期が近いわけでもない社内が異様にせかせかしていた。
「誰が選曲してるんですか、これ」
「聞いたことのある曲からくじ引き。お前も明日から曲リクエストするか?」
「はい。明日は前通ってた病院のオルゴール曲にしてやります」
日課のデータ整理を行いながら、新人は呟く。
それはそれでどうなんだ、と先輩は肩をすくめた。
「よう新人、オルゴールにしちゃ随分ハードじゃねえか」
「分かってて言ってますよね?」
新人は項垂れていた。
X JAPANが爆音で流れる社内は、新人には気の狂うような環境だった。
「くじ引きじゃないですよねこれ。絶対好みで選曲されてますよねこれ!」
「ま、決めるのは俺たちじゃないしな。健気にもう一回リクエストしたら案外通るんじゃないか?」
先輩は、今日のデータ整理を進めながら飄々と言う。
「感性強化週間が早く終わってくれることを祈る方が早い気がするんですけどね」
新人はしばらく虚空を見つめていたが、ため息をついて仕事に向かう。そして今日のデータに目を通し、
「あっ」
顔を引き攣らせた。
「やられた」
新人は顔を覆って咽び泣く。
社内では『うっせえわ』が爆音でループ再生されていた。
「いやー、流行りの曲っぽいし、そのうち来るとは思ってたけども」
ついに来たかぁ、と先輩は頭を抱えていた。
新人はふらりと歩きだす。
「僕、この職場辞めます」
「落ち着け、そう易々と辞めれたら苦労はせん」
先輩は新人の肩を掴んで引き留めた。
「新人、お前に朗報だ」
「何ですか。今日のデータがどうかしましたか」
新人は先輩に示されたデータをひと通り読み、
「……」
本当に? と顔を上げた。
「……」
先輩がコクリと頷く。
本当だ、と。
新人は勝者の如く、天に拳を突き上げる。
今日のデータは、感性強化週間の終わりを告げていた。
日常で聞いた音楽が、頭の中にずっと残っていたことはないだろうか。
キャッチーなCMソングが、脳内でずっとループしていたことはないだろうか。
音楽が耳に残るということは、記憶に色濃く残っているということであり、すなわち弊社「記憶領域課」が真っ先に被害を受けるということであった。
「終わって良かったですね!無音最高!」
新人は今日の脳内に残る記憶データを整理しながら、晴れやかな顔をしていた。
「徹夜で課題をやる日々が終わって良かった良かった。
本人も気楽だろうが弊社も助かる」
先輩はほっと息をつく。しかし、自分たちの仕事はこれからが本番だった。
脳内(弊社)には、まだまだ主人の記憶データがわんさかある。
せいぜいもう少し無音の期間が続きますように。
祈りながら、社内の人間は仕事に取り掛かった。
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