3.出来立てほやほや、屍の囚人《お題:小説の中の監禁》
突然だが、転生したら死んでいた。
何を言っているのか分からないとは思う。だって俺も分からないから。
豪奢な屋敷の中。8人、合わせて15の瞳が俺を見下ろしている。奇数なのは、眼帯で片目を覆っているヤツが居るからだ。
俺は毛足の長い、いかにも金持ちが使ってそうな絨毯に転がっている。目をかっ開いたまま手足一つ動かせず、呼吸もできず、けれど意識はある。厳密に言えば死んでいるわけでもないし、どちらかと言うと金縛りが現在の状態を表すには相応しいだろう。
しかし、俺は知っていた。これがミステリー小説『転生したら密室現場だった件』の一場面だと言うことを。
前世、作家志望だった俺はとある出版社のネットコンクールに応募し、最終選考まで勝ち残った。
最優秀賞、そしてデビューする未来まで妄想していた俺を下し、トップの座を勝ち取った作品がこれだったのだ。
悔しくて悔しくて、公開された原稿を齧り付くようにして読み、ネット掲示板でこき下ろしてやった。台詞から展開から何もかも覚えるほどに。
(その罰なのか、これは)
途方に暮れる死体など前代未聞だろう。
しかし、そんな俺には見向きもせず、物語は淡々と進んでいく。
『し、死んでる!』
『心臓を刃物で一突き。死因は間違いなくこれでしょう』
(ほんとだぁ、刺さってる)
こっそり眼球だけ動かすと、確かに胸部をテーブルナイフでぐっさり刺されている。痛くなくてよかった。
しかし俺は知っている。
(死因、これじゃないんだよなあ)
真の死因は毒殺。俺こと被害者は、生前どうしようもない色男だった。情事によって付けられたのだろう、身体の至る所にある引っ掻き傷やキスマークが、たった一箇所の注射痕をカモフラージュしているのだ。
そして、それを企てた犯人が、
「嘘、本当に死んでるの……?」
探偵の横で震えるヒロイン枠の少女だった。
(ネタが全部分かってると殊更つまんねぇ……)
ただでさえ好きでもないミステリー小説を、全てネタバレした状態で進められることのなんとつまらんことか。
(しかもこれ、刺殺とかいうミスリードから始まって主人公の過去語りと覚醒、ヒロイン枠の女の豹変やって第二の殺人事件になるんだろ?なげぇよ、いつまで死体やってなきゃいけないんだ)
「せめて、安らかに眠ってくれ」
探偵は黙祷し、そっと俺の瞼を閉じる。優しいヤツだ。
(おかげで一生目を開けられなくなったよ、畜生)
今世での視覚情報が完璧に失われた後、淡々と作業は進められた。
片眼帯の僧侶がお経をあげた後、現場の検証が始まる。
俺はブルーシートを掛けられ、別室に安置された。
こうして、俺の一生はブルーシートの中で物語の終わりを待つだけになった。
がば、と跳ね起きる。
まさかの二度目の転生を果たした俺は、無事に現代のごく普通の人間に生まれ変わっていた。
前世の記憶も、前前世の記憶も若干朧げだが、おぞましい経験をしたことだけは脳に刻まれている。
小説の中に囚われる話型は数あれど、全く動かない死体に転生するのは生まれて、いや輪廻でも初めてだった。
小説の中の監禁と呼んで差し支えない。
「書かねば……あんな目に遭うのは俺だけで十分だ……」
俺は机に向かうと、取り憑かれたように執筆を始めた。
ジャンルは決まっていた。
「パニックホラーを書く!全員ゾンビになるやつ!」
どんな役どころも平等に。死んでも死なないように。
創作界のマッドサイエンティストが、今まさに筆をとらんとしていた。
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