1.憧れてるんで。《お題:俺は美術館》

「貴女、ここに入らないの?」

 外は暑いわよォ。高そうなシャツを着た婆さんが汗一つかかずに言う。

 汗をだらだら流しながら立ち尽くす男は、色んな意味でさぞ邪魔だろう。

「・・・・・・ッス」

 覚悟をキメて歩き出す。暑苦しくても見逃して欲しい。

 俺は美術館、初めてなんで。


 中に入ると、背中を冷たい風が撫でる。ぞわりと寒気がして振り返ると、案内係らしい女が生暖かい微笑みを向けていた。

 俺はポケットを探ると、少し皺の寄ったパンフを突き出す。

「ああ、○○大学の。課題ですか?」

「まぁ・・・・・・そんな感じッス。ここ、どうやったら行けますか?」

「特別展なので――――せっかくですし、順路通りに見て行かれたらいかがですか?」

 お目当ての展示は順路の最後ですし、と女はにこりと笑った。


 順路と書かれた看板はとにかく不親切で、俺はあちこち徘徊しまくる羽目になった。

 周りの人間はすいすいと、まるで川を泳ぐ魚のように進んでいく。俺は、流れるプールに延々と取り残された気分だった。

「あ、」

 突き当たりの壁に、一段とでかい絵がある。背が高い俺が見上げる必要のあるくらいでかくて、色鮮やかな絵画。何を描いてるのか理解できないが、あまりの荒々しさに目を奪われる。

 塗った絵の具が何層にも重なって岩肌のようにごつごつしている。ていうかこれは絵の具なんだろうか? 俺が小学校の時に使ったヤツは、固まったってこうならなかったぞ。

 ふと目線を逸らすと、絵のタイトルが飾られていた。


『憧れ』


「そろそろ行くか」

 俺は、再び目的の場所へ向かった。


「特別展のチケット拝見いたします」

 俺はパンフの切れ端を係に渡すと、まっすぐに進む。順路を無視しているはずが、不思議と何かの流れに乗った感覚に陥る。俺は今、魚の一匹だった。

 巨大な模型が目に飛び込んできて、その場に立ち尽くす。

「・・・・・・でけぇ」

 魚の骨のような、飛行船の骨組みのような、複雑な形をした模型。

 タイトルは『帰郷』。

「お母さん、あれ乗れる?」

 隣の子どもが親にしがみついている。

 乗れねえよ、と心の中でツッコんだけど、同時に思った。

 作ったやつ、コレに乗るつもりでいたのかな。まさかな。


 『憧れ』の絵が頭に浮かぶ。憧れの模型が目の前にそびえている。

 感情をかき乱される感覚、わくわくする。何だここ、すげー楽しい。

 少し離れた所で、あの婆さんが絵を眺めていた。でかい美術館の入り口で立ち尽くす子どもの後ろ姿が描かれている。俺みたいな子どもが。

(分かるよ。でも――――)

 俺は美術館、来てよかったって思う。

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