即興小説トレーニングの作品一覧

スミレ

0.リミット《お題:小説家の朝日》

※今作は即興小説トレーニングに匿名で書き込んだものになります

***


 部誌に載せる短編の締め切りまで10時間を切った。

 女子高生小説家(別にプロではないけど。何なら部活以外で小説書いたことないし)こと私が、高校生活最後に手がける作品。制作時間、現在までで3時間くらい。

 さっきまでお菓子を食べながらユーチューブをだらだら見ていた自分が恨めしい。その時間でちょっとでも書けたろうに。

 幸いにしてプロットは出来上がっていた。授業でやった『舞姫』のオマージュ。原作の悲恋ぶりに涙を流し、何が何でもハッピーエンドにと書き殴ったルーズリーフをめくり、ワードに打ち込む。

 エナドリは2本目。今日の睡眠時間と、明日の授業は捨てた。今の本業は執筆活動だからね。サヨナラ、英語の小テスト。

 強かになったヒロインの台詞を打つ。行ったこともない外国の景色を打つ。

 頭の中にある私の語彙を注ぐように打ち込んで、そして、

(これで、終わりかぁ)

 しょうもないことが、頭の隙間に浮かんだ。

 先輩は卒業しちゃったし、同級生でも受験の早い子は一足先に部活を引退した。

 後輩はたくさん入ってくれたけど、それがかえってアゥエイ感が高めてしまった。

 これを書き上げてすぐ、私も部活を引退することになるんだろう。

「やば」

 手が止まった。何も浮かんでこない。無理やりキーを叩こうとしても、指が動かない。

 諦めて立ち上がり、カーテンを開ける。窓にへばりついて外を見ると、真っ暗な道を街灯がポツンポツンと照らしていた。

 田舎の住宅街をこんな深夜に歩く人間も、通る車もない。

 音のしない景色は、時間が止まっているようだった。このままでいても、ずっとこのままで居させてくれるような気がして、


 ごつん!


 窓に思いっきり頭をぶつけた。

「よし、再開再開!」

 椅子に座り直して、もう一度PCに向かう。

 そしてひたすら打つ。

 書きたいって思った気持ちを打つ。見たこともないのに勝手に頭に浮かぶ景色を打つ。存在すらしない人間の言葉を打つ!

 夜が明けたらUSBを持って学校に行って、授業受けて、部活に行く。

 後輩と、少しだけ残った同級生の部員たちにコレを読んでもらう。『舞姫』まで授業で進んでるのは私のクラスだけっぽいけど、まあ知らなくても大丈夫でしょ。

 それで、印刷までして部誌ができたら、女子高生小説家は引退。

 朝日が昇ったら、小説家業はおしまいってわけ。

(知らん!今は集中集中!)

 キーをひたすら叩く。

 この作業が終わらないことには、何も始まらない。

 だから、とにかく指を動かす!


 そうして、最後の一文を書き終わると、背中にほんのりと熱を感じた。

 ちょっとの胸焼けを抱えて窓を見ると、空の向こうが白んでいる。朝日が昇っていた。

 私はワードの保存ボタンをクリックすると、大きく伸びをする。

「終わった!全部!」

 ちょっとだけ泣けた。

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