第34話 利益は人を動かす

 きぞくであるなら、領地は喉から手が出るほど欲しい、かけがえのない存在だ。ダラスとローレンス両郡の貴族が苦境に陥り、断絶した家は決して少なくない。棚からぼたもち、それもキングサイズの、これで心がときめかない貴族などいない。


 さっきまで両郡の貴族の悲惨な境遇を同情していた貴族どもが、次の瞬間には血の匂いを嗅いだサメが如く、一気に群がって、前者の遺産を食いちぎろうとしている。


 批判を浴びていたシュナイダー伯爵ですら、手の平を返すかのように、一瞬で偉人扱いだ。


 怒り、批判、非難をしているのも、兎死すれば狐これを悲しむ以外に、主な原因はランドール家の独り占めにある。


 今、シュナイダー伯爵が家の名誉で保証し、両郡の遺産を山分けしようと言うなら、話はまた別だ。


 もしこれが個人的な保証だけだったら、みなまだ疑うかもしれん。なぜなら、シュナイダー伯爵の信用なんてとっくに地に落ちた、いつ約束を踏みにじってもおかしくない。


 しかし、一族の名誉で保証するとなると、状況はまったく違ってくる。どの貴族も、家の名誉でふざけたりしない。


 生命よりも名誉が重んじられる世界で、契約を違反した時の代価はあまりに高すぎる。一度起こってしまうと、もう貴族社会へ戻ることはできまい。


 私は同盟者たちの熱い眼差しを見て、もう止められないことを知っていました。もしこのまま誰も欲望に抗えなければ、大惨事が生じるのも時間の問題だ。


 反乱軍がこの烏合の衆どもで対処できるのであれば、なぜシュナイダー伯爵が利益を受け渡し、他の者と共有しようとしたのか?


 デラバ王国における数少ない大貴族の一角を担うランドール家は侮れない。力や人脈、あらゆる面において、同盟内の下級貴族たちが比較することすらおこがましい。


 反乱を迅速に鎮圧し、王国に介入の機会を与えなければ、両郡を独占できなくても、少なくとも半分の郡を取り込むことができるはずだ。


 ただ、今はどうだろうか。太っ腹にも皆に利益を共有し、州内の貴族どもを引き付け、ランドール家はその10分の1を得られれば御の字だ。それ以下の取り分になったとしてもおかしくない。


 貴族同士の婚姻は数知れず、たとえ両郡の貴族が断絶した場合でも、彼らの親族が補充できる。


 遠く離れた場所いる者は時間的にむりなので、考慮しないとしても、地元に縁故がある貴族は絶対に諦めないだろう。


 彼らを介入させないことが最善であるが、参加させてしまったら、抗争は避けられない。


 親族関係がどれぐらい離れていようが、王国法律に則った相続関係が認められる限り、相続権を争うことができる。誰も残っていない所有者がいないの土地が、本当の戦利品であり、分配することができる。


 私も一から親族の家系を見直し、自分たちと関係を持てる両郡の貴族を探している。


 この時、ホフマン家の頭数の優位性が現れた。婚姻関係を結んだ家だけ数家、更に同族にも両家いた。


 無論、これだけでは不十分だ。関係を持つのは前提条件で、相続権の優先順位も考慮しなければならない。


 通常の相続順位に従えば、基本的に私に順番が回ってこないでしょう。


 しかし、物事には例外と言うものが存在する。被害にあった家に直系の相続者さえいなければ、傍系の遠い親戚の相続順位なんてカオスだ。


 大貴族の支援があれば、他の相続者が気付く前に、先に爵位を継承して確定事実を作り出すことだって可能だ。


 後々面倒な事になるのは確実ですが、爵位と比べれば、大したリスクではない。異論をたってられたとしても、後でゆっくりと口論をすれば済む話。既得権益者たちが互いに認め合えれば、誰も整理出来ないのどんぶり勘定になる。


 主な問題は、王国の全ての土地に所有者がいることであり、既得権益階級は新参者に対して非常に高いハードルを設定している。反乱を鎮圧したことによって得られる功績は、せいぜい数人の騎士が生まれる程度。


 軍功によって爵位を得たい場合、対外的な戦争で勝利を収める必要があるうえ、領地も不安定な国境地帯に分配される。


 そうでなければ、シュナイダー伯爵が少し善意を示しただけで、みんなが政治的立場を変えることはなかったでしょう。


 議論の場は既に熱気が漂っており、気の早い貴族たちは、秘蔵していた地図を取り出し、分配を前倒しにしようと喚き出す始末。まるで反乱軍が存在しなかったかのように振る舞っている。


 名目上のリーダーであるマーカス卿は、状況を全くコントロールできなかった。同盟の集まりが卸市場みたいに激変した。


 私は急いで議論に加わることはなかった。ダラスとローレンスの領土は広大だが、それを狙うハイエナどもが多すぎる!


 全員が満足することは不可能、それに今の状態でいくら議論重ねても意味がない。たとえ妥協点が見つかったとしても、それを実現できるかどうか。


 根本的に、臨時同盟に参加した者は数多くいる貴族のほんの一部にすぎない。協力し合っても、彼らが持つ影響力は限られており、自分達の意見がそのまま通るわけにもいかない。


「えい、そこまでだ!」


「諸君、今はこれらの問題を議論する時ではない。総督の命令書には、三日以内に前線に到着するように明確に書かれている。時間通りに到着できなければ、罰せられることはなくても、最後の戦利品の分配に参加出来ないだろう。


 距離を計算すると、私たちはウィンザー要塞までまだ50キロ以上もある、時間を浪費している暇はない。


 皆が気になっている領土問題も、私は今議論する価値がないと考えている。東南州には数多くの貴族がいる、戦利品がいくらあっても、全員で分けるには足りない。


 ならば、少数のものしか満足いく結果を得られるのは明確だ。分配方法については、皆さんが納得するには戦功で決定するほかないだろう」


 マーカスの言葉はまるで氷水のように、興奮し過ぎた貴族達の頭を冷やすのには効果抜群だった。熱狂的だった議論が一瞬で冷えてしまった。


 皆、愚かもじゃない。さっきは思わぬ好機に出会い、感情的になりすぎただけ。冷静になって考えてみると、問題の重大さに気付いた。


 シュナイダー伯爵は、お世辞でもいい取引相手ではない。こんな大きな利益を分け与えるのは、皆を戦場に焚き付けるためなのは火を見るよりも明らかだ。


 十分な軍功がなければ、テーブルに座る資格もないだろう。


 相続権?


 直系の相続者なら誰でも認める。これはゲームのルールだ。しかし、遠い親戚の相続者については、じっくりと話し合う必要がある。


 石から生まれた訳でもないのだ。誰にでも親戚がいるだろう?


 相続権を争う資格のある人はごまんといる。説得力のあるものを示さなければ、何故この儲け話を他人に譲るのだ。


 核心的な利益が関わっている以上、誰も簡単に譲歩することは出来ない。盟友であっても、次の瞬間には競合相手に変わる可能性もある。


 これはシュナイダー伯爵の策略だ。みんなそれを分かったとしも、断絶した貴族の遺産を手にするためには、戦場で命をかけるしかない。


 私も、シュナイダー伯爵の巧みな一手を認めざるを得えない。本来、手詰まりだった状況が一転して活気づいた。


 彼らの反応を見ても分かるように、みんなこのギャンブルに相当なチップを掛けるつもりだ。予想通りなら、これから一族総動員で、今連れてこなかった主力部隊を送り出して来るだろう。


 東南州はあまり広くない。理論上、今すぐに情報を伝えれば、大半の貴族の精鋭部隊が、皆が前線に到着する前に到着できるはずだ。

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