第35話 手抜き騎士

 私は、一人また一人と使者が陣地から飛び出すのを見て、気まずくなった。他人は援軍を要請することができるが、自分はできないのだ。


 もし父親がこの情報を知ったら、すぐに自分の領軍を率いてやってくる。その時は部隊の主導権が交代するかもしれん。


 伝統的な騎士である父親を持つと、日ごろは別に問題ないのだが、戦場に行くと危険に直面する。


 私は父親と一緒に突撃を行うシーンを思い浮かぶと、すぐに怖気づいてしまった。私にとって、功績よりも命のほうが重要なのだ。


 生き残ることで、はじめて自分自身のものになるだ。もし死んだら、どんなに戦功を立ってても、赤の他人に横取りされる。


 この超常的力が存在する世界で、小規模な精鋭部隊は余裕で1日に50キロを進められるし、緊急時には100、200キロも問題ない。しかし、訓練を受けていない烏合の衆は別だ。


 彼らは修行をしたことがない一般人であり、長期的な栄養不全に陥っているため、ほとんどが亜健康状態になっている。3日間で50キロを歩くことは難しくないかもしれんが、決して楽ではない。


 一旦速度を上げると、次々と問題が発生し始めた。行軍するときには、まだそれほど感じていなかったが、野営地を設置する際に、『兵士が上官を知らず、上官も兵士を知らない』という気まずい状況が生じてしまった。


 ホフマン家の状況はまだマシだった。ハーランドの訓練のおかげで、兵士たちは正式な隊形とまではいかないものの、少なくとも散り散りにはならなかった。


 ただ、最後に兵士の数を点検する際に問題が発生し、どこから湧いたのか知らないが、30人以上多くなった。


 兵士の数を点検する係が彼らへ確認しに行くと、この間抜けども、自分たちの領主の名前さえ分からなかった。


 今の時代、潜り込みが流行っていなければ、私は彼らをスパイとして処理していただろう。無論、しなかった最も重要なのは、誰もこの間抜けたちをスパイとして送り込もうとしないだろうからだ。


 翌朝、出発するまでにもまだ12名の兵士が誰のものか分からず、私も非常に困惑した。


 同盟に参加している全ての領主たちと既に顔を合わせているにもかかわらず、なぜまだ余っているのかが分からなかった。


 何処の奴らが自分の兵士を認知出来なかったのか、あるいは他の貴族が見落としてしまったのか、今の段階で判断するには軽率し過ぎたので、私は自分の兵力に+12と黙認した。


 軍勢は前進し続けているが、皆のテンションはあまり高くなかった。昨夜の一件が広まり、みんな良い授業になったに間違いない。


 最も大きな変化は、皆が部隊を見守るために自分たちの腹心を派遣したことだ。笑い話の再発防止に努めているのだろう。


 予想通りと言うかなんと言うか、夕暮れ時に野営地を設営する際にはまた問題が生じた。何故こうなったか分からないが、同盟内の各部隊が混ざり合い、野営地は一時騒然としていた、最後は領主一同が各々の部下を引き取りに来たのだった。


 繰り返された茶番。最も直接的な影響は、私の同盟内での地位が急上昇し、部隊も『精鋭部隊』として讃えられたことだ。


 典型的な褒め合いであり、私も当然これを拒否しなかった。この『精鋭部隊』は対照的であるが、この主張を否定すると、皆が無能であるかのように見えるのではないか?


 人情が不合格でない私は、果敢にこの主張を受け入れ、その結果、私の兵士たちの士気も高まり、まるで本当の『精鋭部隊』のようだった。


 名はかりそめなものだが、実際に得たものは、『兵力+15』と言う揺るぎない事実だ。


 今、私は近くに、同盟以外の貴族の軍隊がいることを確信した。距離もそれほど遠くない。そうでなければ、私の兵士たちがますます増えることを説明できない。


 ただ、知っているだけで、私はそれを明らかにするつもりは毛頭ない。他人の兵士を拾ったのだから、黙って笑えばいいのだ。自発的に返還するは、愚の骨頂ではないか。


 まぁ、このような行為は、貴族の身分にも、騎士の精神にも合わないが、非常に私らしい。


 給料を支払う必要もなく、素朴で従順な兵士たちは、私にとっては何よりもありがたいものだ。


『高強度』の行軍は短く、3日目には前線に到着した。そうでなければ、このまま拾い続けると、いつか落とし主たちが訪ねてくるのではないかと、私は本当に心配した。


 そう遠くないウィンザー要塞を見えたころで、一息つく暇もなく反乱軍が猛攻してきた。


「武徳がないのか、騎士精神の欠片まない連中だ!」


 私は内心で突っ込んだ。


 仕方がない、敵が来たのなら戦わねばならない。


 騎士たちの辞書には撤退という言葉があるが、逃げるという言葉はない。


 同盟の名目上のリーダーとして、マーカスは毅然とした態度で指揮を執った。


「皆の者、私に続け!」と、号令をかけた。


 その言葉が落ちる前に、マーカスは一番乗りで駆け出した。すぐに他の貴族たちもそれに続き、騎士たちの『勇敢さ』を行動で示した。


「軍隊を置き去り、そのまま突撃した?!」


 目の前の光景は、私の常識を直接打ち破った。仕方ない、私も公衆の面前で、平然と抜け出すわけにもいかないだろうし。


 幸いにも、私は慎重に警戒していたので、最初から軍隊の最後尾についていた。今、前方の兵士たち乱れて、道を塞いだため、私も先に進むことができなくなった。


 他の貴族なら、すぐに馬に乗って進撃をしていたでしょうが、思いやりのある私は続かなかった。


 変り者にならないために、突撃は避けられないが、突っ込む場所は自分で選べる。私は戦場を見回し、部下に命じた。


「タイル、部隊を率いて私に従って左翼から攻撃するぞ!」


 私は言い終わると同時に、馬に飛び乗り出撃した。この時、マーカスはすでに多くの貴族騎士を率いて反乱軍の中に突入し、その前に立ちはだかった7、8名の反乱軍兵士は一瞬で薙ぎ倒した。


 マーカスの前では、反乱軍は紙切れ同然だった。後続の貴族騎士たちは引けを取らず、マーカスほどの切れ味はないにしても、彼らの殺人技術も目を張るものが有った。


 自軍が大量虐殺しているのを見て、私の士気も高まった。「さすがレベル4、個人の戦闘力が半端ない」と、感嘆する。


 戦場の雰囲気に影響されたのか、あるいは前方の道路が悪かったのか、私の乗馬に突然問題が発生した。


 挽回しようと努力はしたが、旋回をしていくうちに、反乱軍との距離は縮まってはいたが、まだかなりの距離があった。


「畜生め、なんだその臆病面は?勇往邁進の騎馬精神を何処にやった?戦争が終わったら、すぐにお前を取り換えるぞ!」


 私は騎馬に怒鳴りつけた。


 まぁ、口では厳しく言っているが、体は正直だった。やはり自分の愛馬なので、鞭で打つことはできなかった。


 戦友たちが前線で戦っているのを見て、私は力になれない眼差しを向けた。単独ではぐれた敵軍を見て、すぐにランスを構え、突進して敵を仕留めた。


 角度を誤ったせいか、ランスを抜いた瞬間、血が私の体に降りかかり、美しいかった鎧が一瞬で色を変えた。


 血を見た私は怒るどころか、むしろ喜びに満ちていた。撃破数ぜロから抜け出したのだ、これで後々の会合で面目が丸つぶれする心配がなくなった。


 まるで神秘的な素質でも解き放たれたかのように、私は戦場の端っこをうろつき、同じように手抜きしていた反乱軍の兵士たちを片っ端から片付けた。

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弱小領主生存譚 鏡花水月 @jinghuashuiyue

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