第33話 取捨選択
「前線に近い貴族たちはそのまま地元で防御行動を組織していますが、各地の貴族の軍隊はすでに出発しており、5〜10日以内に前線に到着すると予想されます。
現在、我々に最も近いのはハンセン郡の貴族で、わずか40キロしか離れていませんが、彼らの行軍速度はカタツムリのようで、1日の行軍距離が5キロ以下に留まっています。
ワーレン、カダル、ジョームなどの地域の貴族たちは、われわれから60キロ以内にいますが、彼らはわざと行軍速度を遅らせ、1日の行軍距離は10キロ未満です」
中年軍人の報告が終わると、シュナイダー伯爵の怒りが一気に爆発した。人をいじめるのもいい加減にしろ。召集令が発せられてから半月以上が経過し、援軍がまだ道半ばなんてあり得るか。
東南州がどんだけ広いのか、他人が知らなくっても地元の貴族ならだれもが知っている。実際にはウィンザー要塞から最も遠い貴族の領地でも、道のりは200キロを超えない。
これぽっちの道のりを半月以上もかけて、未だに到着しない貴族どもに、伯爵が怒りをぶつけたくなるのも無理はない。
ただ、いくら怒り狂っても、反乱軍が勢いをつく前に、鷸蚌の争いを見過ごし、漁夫の利を得ようとしたことは、とても表に出せない。今、貴族たちの対応は、このような不祥事への反発だ。
ダラスとローレンスの貴族たちの前鑑は、東南州内の下級貴族を警戒させるには十分すぎる材料だった。
この世界に賢い人は常に存在している。ハーランドが問題を分析できたように、他の貴族も微かな手掛かりを見つけ出すのは造作もないこと。
自己防衛のため、皆それぞれの本領を発揮しだした。シュナイダー伯爵がすでに情報封鎖を命じたとしてもが、情報を探ろうとする貴族にはほとんど意味がない。
これも仕方ないことだ。この世の中、貴族は基本的に親族なのだから。シュナイダー伯爵は東南州最大の貴族だが、彼の麾下の騎士たちは中小貴族の出身が多い。
彼らが主君に背くことはないかもしれないが、自分の家に情報を伝えたりすることはあり得るだろう。全員が100%の忠誠を誓うと言う夢物語を期待してはないよね?
「アホ!!」
「あの愚か者たちが!!」
「時間が長引けば長引くほど、反乱軍の力がますます強くなるのが、何故分からん!
戦いが始まったら、彼らもただでは済まないのだぞ!
⋯⋯⋯⋯」
シュナイダー伯爵は怒りを露わにした。
彼は今回の事を終えたら、あの面従腹背な中小貴族たちにお灸をすえることを決めた。
ただ、お灸をすえるにも、具体的にどうするかは非常に難しい問題だった。彼ら全員が怠けてサボタージュするから、今、トップである自分が自ら前線へ出向いて、反乱軍と戦う羽目になっている。
あれこれ考えても、来ないなら、いくらシュナイダー伯爵でも手のつけようがない。
あの貴族連中に嫌がらせをするためだけに、このまま叛乱軍に通過させるわけにもいかないでしょう。
もし本当にそれをやったら、あいつら全員シャンパン開けて祝いだすぞ。これまでの反乱軍の行動から鑑みるに、道中鮮血と死亡をばら撒いたら最後、ランドール家は終焉を迎えるだろう。
貴族は多くの特権を享受しているが、同様にそれと同等な義務も負っている。ダラスとローレンス両郡の貴族を見れば分かる、ほぼ全員が戦死している。
たとえ逃げ延びたとしても、貴族社会では死人扱いだ。「領土防衛義務」というのは貴族の最も基本的な義務であり、避けて通ることができない。
領地を失えば、貴族のすべてが失われる。貴族の身分、一族の栄光、それらすべてをいっぺんに失うのだ。彼らを必死に抵抗するのはこの過酷な現実によって余儀なくさせられているからだ。
無論、外にいた貴族の子弟はその類に含まれない。彼らは種であり、万が一の場合、外に流れた貴族の子弟は爵位を継承し、一族を復興することができる。
「総督閣下、今は責任追及する時ではありません。今急ぐべきことは各地の貴族に催促し、早急に兵を率いて援軍として駆けつけさせることです。
ウィンザー要塞は頑強ではありますが、反乱軍の前進を完全に防ぐことはできません。万が一敵軍が要塞を迂回し、ハートフォードに侵攻しようとすれば、事態は急激に悪化します」
中年軍人が伯爵に助言した。
これは単なる警告ではない。反乱軍は貴族のルールに従う必要がないのだから。どうせ安定した後方がないので、後退する必要もない。
シュナイダー伯爵が望んでいようがいまいが、一族の全力を出し、反乱軍と死闘する道しか残されていない。
シュナイダー伯爵は一瞬ためらった後、叛乱軍の野営地を見て、決心した。
「伝令を出せ。すべての貴族に3日以内に必ず集合するように命じる。
奴らに伝えろ、叛乱軍が破壊したダラスとローレンス両郡は、奴らの手に委ねると、な。これからの戦いで大きな功績を立てれば、所有者のいない領土は奴らの戦利品となる。
私はランドール家の名誉で保証しよう。功績のあるものがそれ相応の報酬を受けられるように、虚飾なく王都に報告すると」
自分で蒔いた種は自分で刈る。貴族社会でやっていくためには、いくつかのルールは厳守しなければならない。
盤面を立て直すために、シュナイダー伯爵も出費を惜しむ余裕もなくなってきた。今回ばかりは流石にやり過ぎた、彼やランドール家だけでこの大惨事を収拾することはもはや不可能だ。
二つの郡の領地は、彼が自分だけで合併しようにも、王都は承認しないだろう。
もし本土の貴族たちを味方につけられないなら、ランドール家でもこの重圧に耐えられない、もしかしたら王室も手を伸ばしてくるかもしれない。
もし王室に弱味を握られたら、王室の大公や公爵を派遣して領地を収めることだって不可能ではない。その時、ランドール家の東南州の支配権が危うくなる。
シュナイダー伯爵も伊達に王国の一角を長年治める大貴族を務めていない。今回の事件が絡んでいる利益を整理し、迷いなく取捨選択した。
⋯⋯⋯⋯
進行速度が低下し、毎日5キロ前後しか進まなくなった後、進軍は遠足のようになった。戦争の緊張感のある雰囲気は失われ、代わりにリラックスした雰囲気がますます濃くなっていった。
これまでの道のりで、同盟軍の部隊規模は急速に成長し、ますます多くの貴族が同盟に加わっていった。
人が多い程、力が増すとは限らないが、情報は必ず多くなる。この場にいる者が人脈を活用し、情報を探った結果、ますます多くの情報が伝わってきて、この事態の全貌が見えて来た。
情報が明確になったため、ハーランドを含貴族連中も不安を取り除くことができた。
ダラスとローレンス両郡で亡くなった不運な貴族たちに黙祷を捧げた後、シュナイダー伯爵の非難大会が行われ、一矢報いたいと言う者も出始めた。
まぁ、口先での批判にとどまっているけど。公平公正を主張するにはハードルが高すぎる。みんな馬鹿じゃない、自分達の力量ぐらい把握している。
唯一できることは、引き続き消極的サボタージュをするだ。
反乱はシュナイダー伯爵が許したも同然、ならば彼が事後処理をしなければならない。そうしないと、王国が責任を追及し場合、彼もただでは済まない。
すでに他の者が前線で食い止めている、さらに反乱軍が自分たちの領土に侵攻してこないと分かったので、貴族同盟も慌てる必要がなくなった。
召集に遅れた問題については、すでに対策済みである。理由も簡単――反乱軍による襲撃。
貴族である自分達が、反乱軍の襲撃があると言えば、それはあるのだ。真実なんてどうでもいい。
シュナイダー伯爵は今回の反乱に対して拭いきれない責任を負っており、それはきぞんする弱味であり、この問題を深く追求することはできない。
シュナイダー伯爵の伝令が再び届くまで、状況は変わらなかった。これまでの単なる義務的な服役だったのが、今回は実質的な報酬が約束された。
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