第31話 取引

 私がマーカス卿から魔晶石を受け取った瞬間、魔晶石が突然砕け散ってしまった。


 同時に、何かが私の頭の中にあるような感覚を覚えた。少し集中してみると、頭の中に不思議な羅針盤があるのように感じた。


 羅針盤の上に何らかの文字が刻まれているようで、ぼんやりと見える。


 しかし、残念ながら、私の限られた知識を思い返しても、その文字を読むことができない。


 散らばった魔晶石の破片を見て、マーカスは鳩が豆鉄砲を食ったように口を開いたまま呆然としていた。様々な展開を予測していたが、このパターンは流石に彼の想像を遥かに超えていた。


 私も開いた口が塞がらない状態で、これを誤魔化さないと後々面倒になる。


 唯一の収穫は頭の中に現れた羅針盤で、現段階では判断し難いものだが、今までの経験を鑑みるに、これは修行中に私を助けた神秘的な力かもしれない。


「マーカスおじさん、これ、魔晶石がうまく保管されていなかったせいで、中に入っていた魔力は元々枯渇していて。残ったわずかな魔力を、私が丁度いいタイミングで吸収したからじゃないでしょうか?」と、私は必死に弁解した。


 懐が寂しい私にとって、一枚数十金貨の魔晶石なんて弁償するのはきつい。ただで手に入る機会があるなら、その機会を逃すわけにもいかない。


 ようやく状況を理解したマーカス卿も、私の推測に頷いた。少し無理があるかもしれんが、それでも最も合理的な説明だろうから。


 魔法の才能測定で、魔晶石一枚を丸々吸い尽くしたことなんて聞いたことがない。普通なら、魔晶石一枚で初級魔法師が魔力を三回補充してもお釣りが出るほどだ。


 一瞬間で魔晶石一枚を吸い尽くすことができるのは、法聖―聖域の領域にたどり着魔法師―以外あり得ない。そして、伝説として語られる法聖は何百年もの間―少なくとも表舞台には―現れていない。


 ただ、彼にとって不可解なのは、この魔晶石の状態はさっきまで良好だったし、魔力が尽きかけているようには見えなかったのに、一瞬にして欠片となったことだ。


 魔法師協会の人たちが悪戯でもしたのだろうか?


 ただ、研究中毒のあのマッド達が何の理由でこんな悪ふざけをやるのか、見当もつかない。


 この魔晶石の出所から今に至るまで数々を思い出し、何の手掛かりも見つからなかったマーカスは、あきらめてため息をついた。


 このような不運の事故が起こっても、自分ではどうしようもない。魔法師協会のとある大物のいたずらであっても、我慢するほかないのだから。


 高価な魔晶石の突然消失で、元々破産寸前であるマーカスはますます困窮に陥った。疑問に満ちた顔をしたハーランドを見て、彼はあきらめたように言った。


「ここには無属性の魔晶石しかない。もう一度測定しようにもできない。だが、先程の様子から見ると、君には魔法の才能があるようだ。


 具体的な属性については、魔法師協会で測定することをお勧めする。


 基本的な瞑想方法と呪文は私も持っている。欲しければ、書き写しを提供しても構わないが、有料だぞ。


 魔法師協会が設定した金額は金貨100枚だが、君の父上との親睦に免じて、二割引きで提供しようではないか」


 値段を提示する際、マーカス卿の顔が少し後ろめたさがあるのは、私の気のせいだろうか。


 この価格が妥当かどうか、見当もつかないが、魔晶石やマナ・コアを合理的で入手するため、たとえぼったくられても、好機逸すべからずだ。


「それでは、お願いします、マーカスおじさん。ただ、魔晶石やマナ・コアを売ってくれるのは有難いのですが、もし異なる属性があればなおいいです!」


 私は興奮したように言った。


 魔法師になれる機会は、若者にとって喉から手が出るほど欲しいモノ。目的を達成するため、私は無邪気な少年を演じることに決めた。


 ハーランドの意志の固さを見たのか、または財政の赤字を補填するためなのか、マーカスはゆっくりと承諾した。


「良いだろう!


 しかし、ハーランド、よく考えとけ。魔晶石とマナ・コア、どちも安くないし、私が持っている品もおだてても上質なものとは言えないぞ」


 言い終わると、マーカスは貴重そうな箱を開け、自分のコレクションを取り出し、私に説明した。


「君を騙す真似はしないさ。全部市場価格に則って取引しよう。一級マナ・コアは金貨50枚、二級マナ・コアは金貨150枚、初級魔晶石は金貨20枚、中級魔晶石は金貨50枚で、特殊な属性を持つものには別途料金がかかる。


 より高級なものは、生憎私は持っていないし、今の君には必要ないだろう。魔法師になってから考えても遅くはない」


 マーカスの言葉の中には、僅かながら、羨む感情が滲んでいるようだった。魔法をこよなく愛す彼にとって、魔法の才能を持たないことが一番の苦痛であったかも知れないからだろう。


 まぁ、その『苦痛』も部外者から見ると単なる贅沢か嫌味にしか見えないからな~


 天才の騎士として成功が約束されていたのに、なぜ完全に才能のない魔法師を目指すのか、完全に理解できない。


 周りの人から見れば、もしマーカスが魔法研究の底なし沼に飛び込まなければ、今頃はレベル5の騎士として成功していてたし、より上のレベル6にも昇進できたかもしれない。


 躊躇することなく、私は初級魔晶石12枚と、一級マナ・コア一枚を選び出した。


 その他に欲しい品もあったが、財布にも限界と言うものが存在する。ならば、財布の許す範囲でできるだけコスパの高いものを選ぶしかない。


 中級魔晶石は、初級魔晶石の2倍の魔力を含んでいて、一級マナ・コアとほぼ同じである。しかし、その値段は後者の2.5倍だ。主な理由は、より純粋な魔力が含まれているからだ。


 普通の魔法師にとって、魔晶石の中の魔力がより純粋であるほど、抽出が簡単になる。魔法陣の作成、魔晶砲の起動には、魔力の抽出を考慮する必要がある。


 しかし、私は違う。さっきほどの接触で、直感的に分かってしまった。私の羅針盤は、魔力に触れればすぐにでも吸収する。魔力純度の重要性は一気に下がる。


 もし初級魔晶石が12枚しかなかったら、私はもっと買っていたでしょう。そして、マナ・コアは、好奇心から買っただけ。


 現代科学技術に満ちた社会から転生してきた私にとって、魔晶石は非常に理解しやすい品物です。それは単にエネルギーが含まれた鉱物。石炭、石油などのエネルギー源よりも、少し神秘的な方法で使用されているだけ。


 しかし、マナ・コアは違う。あれは魔獣の体内に生えており、完全の天然無添加制なのに、強力な力を持っている。


 理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である。自分達の理解範囲を超えている場合、それは自分達の理解力が不十分であることを証明するだけだ。


「瞑想方法と基礎魔法の呪文はそれぞれ金貨80枚、初級魔晶石12枚が金貨240枚、そして一級マナ・コアが金貨50枚。全部で合計金貨370枚だ。


 ハーランド、慎重に考えるんだ。これは決して安い買い物でない。一旦取引が成立したら、返金はしないぞ」


 マーカスは慎重に忠告した。


 彼は経験者として、魔法の魅力をよく知っている。マーカスはハーランドがこの作戦の軍資金を衝動買いに使ってしまうことを懸念していた。


 しかし、外部の者である彼は、直接的に口に出すことはできない。貴族たちはメンツを重んじるため、そうするとハーランドの支払い能力や人としての品格を疑問視することになるからだ。


 私は目の前の光景に対して苦笑いするしかなかった。私はまだ若い、もう少し年を重ねれば、このような金額を使っても注目されないだろう。


「心配しないでください、マーカスおじさん。私は自分が何をしているかわかっていますよ。ホフマン家の千年の名誉をかけて、保障しますよ」


 私はそう話しながら、金札を取り出し、適切な額を数えた後、直接渡した。


 ⋯⋯⋯⋯

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