第28話 貴族魔法科学者

 気まずい挨拶の後、私はマーカス卿に続て城に入り、壁につるされたクリスタルの魔法灯に目が釘付けになった。


 魔法灯から放たれている明るい光は、前世の白熱灯に匹敵する程のもので、ホフマン家の屋敷にあるキャンドルよりもずっと明るい。


 マーカス卿が貧乏だと噂したのは一体何処のどいつだ?


 目の前にあるこの数個の魔法灯だけでも、最低で金貨数百枚は下らないだろう。これだけの出費なら、大多数の貴族はメンツのためにも購入するかも知れない。


 しかし、問題は魔法灯の動力源にある。これらの魔法道具の使用に、魔晶石またはマナ・コアが欠かせないのだ。具体的な消費量は私には分からないが、安くないの確実だろう。


 魔晶石とマナ・コアは、『命の水』と同様に戦略資源である。三者の違いは、『命の水』は人工的に作られたもので、魔晶石は天然の魔晶鉱脈から採掘されもので、マナ・コアは魔獣を解体して得たものだ。


 魔法灯だけでなく、食卓や食器も魔法道具だった。食材を置くだけで自動的に加熱調理してくれる。


 さらにすごいのが、調理が完了した後、食器が自動的にゲストの前に飛んでいくことだ。


 無論、これは各自の反応速度を試す場にもなった。間に合わなかった場合、大惨事になる可能性もある。


 先ほど、数名不運な人が食器に夢中になりすぎて、頭と食器がぶつかり、食べ物まみれになってしまった。


 みんな先ほどの事故に関心がなく、皆魔法の摩訶不思議な魅力に没頭していた。私を含め、誰も魔法技術がここまで進歩しているとは思っていなかったのであろう。


 たぶん、目的を達成したと思ったのか、主催者であるマーカス卿が大広間にやって来て、皆に挨拶をし始めた。


「魔法のお城へようこそ。皆様が素晴らしい一夜を過ごせることを願っている。


 ここにあるすべての魔法のアイテムは、私が研究して作り出したもの。もし興味を持っている者がいれば、我が家の執事に注文してくれて構わない。


 心配しなくとも、値段はそんなに高くはない。今回宴会に参加できるのは、私の古き友人だけだ。きっと、皆に割引価格で提供すると約束しようではないか


 ⋯⋯⋯⋯」


 上品な宴会が一瞬で商品のセールス会場になってしまったことに対して、私は呆れて何も言えなかった。ただ一つだけ確信できるのは、マーカス卿は営業マンとしては上手くないことだ。


 貴族たちの購買力は強いが、この宴会に参加しているのは小貴族たちだけ。お金があっても、武器や防具などの軍備を充実させる方が好きな方々。


 贅沢をしたい、しかし残念ながら、底辺である下級貴族には到底無理な話。平民の目の前では余裕があるように振る舞っても、世界全体を見渡せば、平民同様、日々苦労をしている。


 顧客のポジショニングを間違えてしまっては、割引セールをしても本来の効果を得ることは難しいだろう。


 仮に、思考を変えて、戦争で有利に立てる武器や道具を編み出したのなら、たちまち貴族連中も騒ぎ立つだろうに。


 突然雰囲気が冷え始めたので、私は冷え切る前に流れを変えようと尋ねみた。


「マーカスおじさん、これらの道具の消耗について先に説明していただけませんか?


 魔晶石もマナ・コアも戦略物資で、王国が厳格に管理しています。消耗が激しすぎると、我々では負担できませんよ」


 買えても使えないというのは、魔法技術が普及できない最大の理由。


 生活用品に限らず、魔晶砲のような戦争兵器でさえ、コストの問題から普及できないのが現状である。


 過去には、目を見張るような魔法技術が現れたこともなくはないが、適用範囲の限界から、ほとんどが一時的なものでしかなかった。


 魔法技術の技量を比較するなら、誰が魔法師協会の狂人達に勝てるだろうか?彼らはめちゃくちゃな研究をするためだけに、「錬金術師」という独自の職業を割り当ててしまうのだぞ。


 マーカス卿の研究成果も悪くないが、魔法師協会の錬金術師たちと比べると、見劣り感が半端ない。


 他の人がこのような魔法道具をやらないのは、作ることができないからではなく、単に必要がないからだ。今、目の前のある数々の小芝居は、上級魔法師が自分で魔法をかければ済むことばかり。


 マーカス卿がコストを下げられない限り、これらの発明はすべてだしがらようなもの。


 無論、魔法の才能がないマーカス卿が錬金術師に転職できたのは奇跡的なことだ。それを普及させることができれば、大陸の魔法・錬金事業の発展にも大いに役立つであろう。


 しかし、それも私には何の関係もない。マーカス卿の研究で魔法を使えるようになれるのであれば、私も興味を持つかも知れない。


 誰もが魔法師になる夢を持っている、私だって例外ではない。単純に安全面だけを見ても、他人の盾になるタンクより、タンクに守られる魔法師に成りたいのは至極当然ではないか!


 軍事史を少しでも読んだことがあれば、魔法師部隊が常に厳重に保護されていることが分かる。たとえ敗北したとしても、彼らは最初に「戦略的転進」される。


 命をかける必要もない。領主は領地の全権と引き換えに、戦争時には死守する義務が法律上で確率されているのに対し、魔法師が死ぬまで戦う必要があるという法律は存在しない。この手の優遇措置は、おそらく司祭しか匹敵しないだろう。


「安心してくれたまい、諸君。


 これらの道具の魔力消費は少なく、最低ランクのマナ・コア1枚、または上級魔晶石1枚で、魔力テーブルを1か月、魔法灯を1年間稼働し続ける。


 道具の設置コストも高くない。金貨2000枚で魔法灯6個と魔力テーブル1つを作ることができる。


 想像してみたまえ、貴殿らが宴会を開催するとき、このようなハイテクグッズを持ち出したら、瞬く間にすべてのお客を魅了すること間違いない。それだけの価値がある。


 信用したまえ、今は絶賛セール中だ!大陸中を探してもこれより低い価格はない。ここで買わなきゃそんだよ!買ってみれば良さが分かるよ!


 ⋯⋯⋯⋯」


 マーカス卿は熱心に勧めているが、会場は静まり返っていた。貴族たちは権威やメンツを重んじる面がある、決して頑固な愚か者ではない。


 ただただ他人に自慢するために、金貨2000枚をかけてたら、これから先どうやって生活すればよいのだ?


 それも初期費用だけでこれだ。購入後の維持や動力源の出費も馬鹿にならない。少なく見積もっても年間金貨千枚はかかるだろう。


 再度の沈黙に、流石に私も口を開けて雰囲気を盛り上げることは出来ない。ホフマン家も裕福ではない、もしここで一式注文したら、父親がすぐさま駆けつけて、私を粛清するに間違いない。


 誰も返事を示さないまま、マーカス卿の期待に満ちた表情も次第に冷めていた。


 ベティネリ家の名誉に誓ってもいい、本当にリーズナブルな価格なのだと。領地の財政に問題が無ければ、彼も自分が大好きな魔法関連の品を出品したくはないのだ。


 残念ながら、ここに物の価値を知る者はいないようだ。


 最終的には、理性の方が優勢になり、怒りをなんとか抑える抑え込んだマーカスはため息をつき、「さあ、宴会を始めまよう!」と宣言した。


 宴会が始まると、さっきまで緊張していた大広間は瞬時に賑やかになり、皆何も起こらなかったかのように振舞い始めた。


 皆、演技がうまいが、私も後れを取られてないと思う。適当に雰囲気の良さそうなグループに自然に加わって、お互いに自慢話やお世辞を始めた。


 ここにいる貴族の中に、召集令に応じて戦争へ出向くものは少なくない。出会ったばかりでも、すぐに戦友になるのだから、事前に情報を交換し、交流を深めるのは間違いない。


 地元を離れる際、他者にいじめられないために、同じ者同士が団結することが最善策だ。この場にいる貴族の数十人が連合すれば、数千人の軍勢に成りえる。シュナイダー伯爵でもその意見を無下には出来ない。

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