第27話 奇人・マーカス卿

 たとえ私の部隊がただの烏合の衆であっても、その影響力は小さくなかった。通過してきた場所から、疫病神が如く嫌われた。


 光の主に誓ってもいい、私は何度も軍紀を強調したし、私の命令がなければ誰も隊列から離れることさえ出来ない。地元を荒らすなんてもってのほか。


 しかし、幾ら自分達が危害を与えないと保証しても何の意味もなかった。私たちが通過すると、道沿いの民衆は急いでその場を去る。弁明する機会さえ与えてくれない。


 たまに、交流できる貴族領主に出くわすことがあるが、彼らもただ疫病神を送り出したいだけ。シュナイダー伯爵の召集令がなければ、彼らも挨拶じゃなくて、直接兵士を送り込んで追い払っていたかもしれん。


 3日間道を進み続けたところ、私は何かがおかしいと気づいてしまった。自分達が急ぎすぎているようことに。


 召集令は我がホフマン家だけでなく、東南州の貴族全員が対象になっている。周りの貴族の反応からも、準備を進んでいるだけで、出発などしておらん。


 最初に戦場に到着することは好印象を残すことができるが、同時に最初に捨て石になる可能性が最も高いことを意味する。


 自分のことは自分が一番知っている。我が家の『訓練された』軍隊に、最初から期待などしていない。


 このことに気づいた私は、再び行軍速度を落とした。午前中は道を急ぎ、午後には野営地を設営し、ついでに野生動物を狩って食事を改善してた。


 肥えたイノシシ、健康な鹿、跳ね回るウサギ、素早い雉⋯⋯これらすべて、私の食卓の常連になった。


 一般の兵士でも、時々肉汁の入ったスープを分けてもらえるようになった。


 大自然の豊富な恩恵。私はなぜバーリミアム大陸に多くの流浪騎士がいるのかを理解した。


 土地、森林、川、草原⋯⋯そのすべてが貴族の私有地であり、平民は許可なしに狩りをすることはできない。


 貴族がたまに一回狩りをするだけでは、明らかに野生動物の繁殖速度に追いつけないため、獲物が大量に野放しされている。


 ルールは一般人を縛るものであり、貴族には全く適用されない。最も悲惨な流浪騎士でさえ、自由に狩りをすることができる。土地の主に見つかっても、最悪の場合は追放されるだけ。


 ちょうど美味しいイノシシを食べ終わったところで、午後の休憩に備えようとした私に、馴染みの声が邪魔してきた。


「若様、サー・マーカスから宴会のご招待いが届きました」


 貴族の社会でやっていくため、変なへまを冒さないため、私は社交界についての知識を猛勉強していた。


「それは、ベティネリ家のマーカス卿か?」


 私は少し確認するかのように尋ねた。


 バーリミアム大陸の貴族の名前は結構な確率で重なる、どこの家を付けて区別しないとまったくわからない。


 そこら辺をきちんと理解しないで、突然訪問すると、笑い話の種になってしまうかもしれない。


「はい、そのようです、若様」


 衛兵の答えに安心した私は、躊躇なくすぐに答えた。「準備が整い次第、私はすぐにも赴くと、使者に伝えろ」


『宴会』というのは、貴族社会の大きな特色のひとつである。人脈を築いたり、食事や遊びを楽しんだり、または商談したりすることができる。


 ある貴族の人脈関係がどのようなものかを判断するには、彼らが主催する宴会に招待される人数を見れば分かる。


 私も今回の進軍中に、多くの招待を受けてきた。ただし、親睦を深めるためではなく、私と連れまわしている兵隊をできるだけ早く立ち去ってもらうためだ。


 無論、このような親睦を傷つけるようなことは、ストレートに口に出す訳にもいかず、少しの暗示しただけで十分だった。


 貴族は最もメンツを重視する人々で、やむを得ない状況を除けば、明確な敵対する意思を示さない。


 ほとんどの場合、心の中では相手を即座に殺したいと思っていても、表向きは貴族の度量を示す必要がある。


 そして一旦公に対立した場合、もはや死活問題になり、関係修復の余地はほとんど残らない。


 これが貴族のボンボンでも生き残るのが難しい理由である。多くの人を敵に回すと、必ずヤバい奴にぶち当たるから。


 この世を賢く生き残るには、軽々と他人を怒らせないことを心掛けること。よって、毎回、非常に礼儀正しく彼らと接してきた。


 土地の主が出てきて意見を示した場合、物資の調達が完了次第、速やかに撤退する。出てこない場合は、野営を設置し、兵士たちの訓練に励む。


 私が自ら軍紀を厳しく取り締まっていたためか、トラブルは起こらず、他の領主達との交流も順調で、人脈もかなり広がった。


 経験を重ねるにつれて、私も徐々に貴族たちとの付き合い方に慣れてきた。


 野営の事務を手配し、数人の従者を連れて城にやって来た。目の前の光景を見て、私は少し呆れてしまた。おそらく、これは私が見て来た城の中で最悪の類に準ずるだろう。


 しかし、あのマーカス卿についての噂を思い出すと、私は不思議に納得してしまった。


『魔法に夢中な騎士』というのは、皆が公に言っている彼の称号で、裏では『浪費家』と揶揄している。


 彼には明らかに魔法の才能がないにもかかわらず、魔法師になりたいという幻想を抱いて、日々様々な研究をして、生活水準を貧困まで下げた。


 これだけならまだ笑い話で終わるのだが。自堕落な貴族は少なくないし、競争相手が一人減ることは良いことでもある。


 しかし、マーカス卿は騎士の才能がとても優れており、バークシャー郡では数少ないレベル4の一人であり、レベル5になる可能性も決して低くないのだ。


 彼の実力を考慮すると、少し努力すれば家業・領地を更に発展させることができるはずだった。しかしながら、マーカス卿はそれを拒んでいた。たとえ功績を立てたとしても、金銭的な報酬に変換することを選び続けた。


 疑いようのないことは、その報酬を全て魔法研究につぎ込んだこと。魔法の実験材料を手に入れるため、時には傭兵に身を置き、魔法師協会に仕えることも辞さない。


 優れた実力と、アンオーソドックスな経歴を持つことから、マーカス卿は王国中知らなぬものなしと、名をはせた奇人になった。


 城は荒廃しているが、私はここが非常に安全であると確信している。何故なら、周囲の領主たちも、頭がおかしくなければレベル4の騎士に喧嘩を売るような真似はしないだろうし。


 まぁ、一番の理由は彼が貧乏だからかな。優れた実力を持つ貧乏人、マーカス卿に勝っても利益なんてものが有るはずもない。


「ステファン、久しぶりだな!」


 爽やかな声が響き、私の良い気分は一瞬で消えてしまった。溜息を堪えながら、仕方なく説明した。「マーカスおじさん、私はハーランドです。ステファンは私の兄です」


 これもホフマン家の宿命の1つ、家族の構成員が多すぎて、覚えられるのが非常に面倒くさい。


 我が家がいつ頃にマーカス卿と交友関係を持ったのか、さっぱり分からないし、おそらく父親も口にしないだろう。


 なぜなら、目の前のこの人物は貴族の間では評判がよくない。レベル4との友情はもちろん重要ですが、口先だけで借りたお金を返さない人なので、財布のひもを守るためにも、みんな浅い付き合いに留まっている。

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