第23話 戦争到来
二輪の月が夜空を照らし始めた頃、一通の緊急の手紙が館の静けさを打ち破った。
黒薔薇会がヤテリクス城で反乱を起こし、アリサバラガ子爵を含む多数の貴族を皆殺しにした。東南州総督のシュナイダー伯爵は大いに怒り狂い、州内の貴族を召集し、反乱を鎮めることを命じた。
情報があんまり流通しない地域のつけがこんな形で回ってくるとは思いもしなかった。黒薔薇会の反乱は既に1ヶ月以上の前に起こったことなのに、ホフマン家は何も知らなかった。
召集令が手元に届いたにもかかわらず、父親は前線の情勢を全く知らないままだ。このような状況下では、命令を受け入れざるを得ない。
実際には、情報がなくても状況が深刻であることは一目瞭然だ。普通の反乱なら、周辺の領主が協力すれば速やかに鎮圧できるはずで、全州範囲の召集など必要ないはずだ。
一男爵領の召集規模は、500人。このような規模の動員は、百年前の獣人侵攻以来のことであるが、前提が違い過ぎる。その時は既に戦争としており、いつ召集されてもいいように準備を整っていた。
今、このような命令を下すのは、私の見方では、シュナイダー伯爵が制御しきれず暴走した現状に発狂し、頭に血が上った可能性が高いと思う。
軍隊は、人数が多ければ多い程強くなるわけではない。500人の訓練を受けていない農奴の軍隊が、まともな訓練を受け続けた軍隊に敵うはずもない。
特に、準備する時間がたったの3日しかないのは最大の失策だ。武器、鎧、食糧、運搬車など兵站を用意する手間はどうするんですかね?あのあほんだら!
このような単純な義務的な召集では、上が食事や物資の消費を負担してくれないため、下のものは不満を言わざるを得ない。
「緊急事態だ。ハーランド、お前はこの度の召集についてどう思う?」
父親は手でおでこを支え、頭が少し痛そうに尋ねきた。
ザックは数日前、アンナ嬢と子供たちを連れてアンナ嬢の実家に帰省していた。ステファンは自分の騎士領にいる、緊急事態で呼びに行っても仕方ない。年長の2人の息子は不在、今問題に関して話し合えるのは、少し軍事的才能があるように見えた私だけ。
領内に他に相談できる人がいるかどうかについて、残念ながら父親は伝統的な貴族で、一般人に相談する習慣は持ち合わせていない。
ああ、付け加えると、スコットはまだ騎士になっていないので、無視された。
「お父様、状況がまだ明確ではありません。当家の主力を戦争に投入するのは適切ではありません。
召集令には500人の軍隊が必要とされていますので、500人の若者を選んで、少し訓練を受けさせてから召集に応じるべきです」
私はしばらく考えた後、慎重に自分の意見を答えた。
男爵領には50人ほどの部隊が存在するが、それは父親が何十年もかけて築き上げた財産だ。万が一全滅させられると、十数年は回復できまい。
一方、農奴で構成された軍隊に価値はなく、例え数百人を失っても当家の支配基盤は揺るぎない。
前世の日本では考えられないが、貴族にとって、戦争は全て悪いことではない。少なくとも余分な人口を減らすことができる。
「うん、ヤテリクス城は南東州の中でも有数の大都市、地元の貴族の実力も強いはずだった。それが反乱軍に一掃されたということは、物事はワシらの想定を遥かに超えているかもしれん。
残念じゃが、ワシが情報を受け取ったのが遅すぎたのう。もし早く準備していれば、精鋭部隊を訓練し、お前の貴族の爵位が手に入ったかもしれん」
父親は遺憾そうに嘆いていた。
機会は訪れたが、充分な準備ができなかったためにつかむことができない、それはまさに人生の一大悲劇である。
無論、これはただのもしもの話にすぎない。もしも本当にそのような機会が父親の目の前に現れたとしても、それを成し遂げることができるかどうかは分からない。
根本的な原因は、ホフマン家はすでに家業を持っており、裕福ではないが、リスクを冒して、一攫千金を狙うことに踏み切ることは難しい」
「お父様、嘆かなくても大丈夫です。この世には常に機会が溢れています。たとえ機会がなくても、機会を作り出すことはできます。重要なのは自分自身の実力。
今回の反乱を睨んでいる人たちは少なくないはずです。こんな短時間で、周辺領主達が対応しきれない速さで反乱軍が急速に勢力を拡大したのは、裏で手を回している人たちがいるからに違いありません。
私たちの実力では、戦場で大きな功績を挙げても、せいぜい1、2人分の騎士領しか得られません。
あのシュナイダー伯爵の今回の食いっぷりはあまりよくありません。彼について出世するのは、決して簡単なことではないと考えられます」
ここまで言って、私も冷たい笑みを浮かべずにはいらなかった。
実際に見たわけではないが、想像はつく。
反乱が起こってから1か月以上が経つのに、軍隊を組織して鎮圧するどころか、情報すら広がっていない。たとえホフマン家の情報網が如何に使えないからといって、風の噂すら聞こえてこないというのは、シュナイダー伯爵が意図的に黙認していたこと以外に考えられない。
匹夫罪なし璧を懐いて罪あり。
後継者のいない貴族が残した遺産は、すでに狙われていたのだ。ただ、ゲームのルールに縛られて、あからさまな行動を起こせなかったに過ぎない。
黒薔薇会が反乱を起こしたのは、偶然にも例の連中にチャンスを提供しただけだ。
こんな背景下で、どうして彼らから獲物を奪おうと思えるだろうか。
「お前はシュナイダー伯爵を見限ったのか?」
父親は疑問を感じたそうに尋ねた。
私も、独立後は彼の騎士団の選抜に参加することを考えたことはあるが、今回の一件から判断するに、彼が追従するに相応しい主とは思えない。
「人心が乱れると、チームをまとめるのは難しいものです。
シュナイダー伯爵の計画は一見完璧に見える。証拠を掴むことができず、借刀杀人の計略も見事としか言いようがない。
しかし、貴族社会では証拠など必要ありません。
最も素朴なロジックは、最も利益を得た者が、裏で操っていたものですよ。
今回、最も豊かな獲物を手に入れることができたとしても、王国で最も力を持つ領地伯爵の一人として、どれだけの力を得ることができるのか、たかが知れている。わずかな利益のために、傘下の貴族たちの敵意を引き起こすことは、完全に割に合いませんから。
殺された貴族の中には、彼の家臣も多く含まれていました。そんな主に仕えるのは、私には到底無理な話ですね」
私は、シュナイダー伯爵の短絡的な計略を嘲笑うように揶揄した。
現実の利益が優先される世の中で、証拠を探し出す必要なんて意味がない。怪しい事件の背後には、必ず自己完結的なロジックが存在する。それに加えて、圧倒的な力があれば、たとえ証拠を突き出されても無駄な紙切れに過ぎない。
これまでの対話や分析の目的は、父親に、戦争中出来る限りサボるように仕向けるためだ。
少し倫理的に問題があるかも知れんが、安全第一に考えれば当然のことだ。
少なくとも、ホフマン家はシュナイダー伯爵の家臣ではなく、彼に仕える義務も当然ない。召集に応じたとしても、かなりの自由裁量がある。
「分かった、もう少し慎重に考えてみよう」と、父親は少し迷いながら返答した。
シュナイダー伯爵がどのような人物であろうと、また将来どうなるかはともかく、現時点では彼は東南州のボスである。彼の目の前で面従腹背するのは相当な勇気が必要になる。
中小貴族が集団的に抵抗することが引き起こさない限り、個人的に出るのはまずい。自分だけで立ち上がると、おそらく最初の段階で破滅する。
「お父様、今回は私が兵を率いることにしましょうか?お父様は領地に留まって、何か起きた場合に収拾がつくようにしておきましょう。
どう考えても、今回の召集は急すぎて、他の皆様も準備できていないでしょう。
農奴たちを少し訓練して、まともに見える軍隊を作り出し、大軍の中に紛れ込ませて対処すれば誤魔化せます」
今回の出兵のコストパフォーマンスはあまり高くないうえ、完全にリスクがないわけでもないため、私は父親に安全性と低コストを前提にした案を助言した。
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