第22話 訓練

「めし食ってないのか?!全員気を引き締めろ!!」

「日ごろから汗を流さなければ、戦争では血を流す羽目になるぞ!あほんだら!分かってんのか!」


 ⋯⋯⋯⋯


 灼熱の日差しの中、私は汗を流す少年たちを見つめながら、厳しく怒鳴りつけていた。

 騎士は戦争のために生まれた存在である以上、戦場へ出向くのは時間の問題だ。従者も同様で、敵を殺すだけでなく、危機の時には身を挺して主人の盾にならなければならないのだから。


 自分の命を守るために、私は全力で自分が考えられる限りのトレーニング知識を駆使し、この10人を訓練した。

 3ヶ月のトレーニングの末、彼ら10人はそこそこましになった。厳格な父親ですら私の成果を肯定し、私に将軍の素質があると語った。

 でも、素質はただの素質だ。成れる前の褒め言葉など、意味をなさない。私は自分が優れているとは思えない。

 外界がどう評価しようと、私は部下の訓練を緩めるつもりはない。


 周りを注意深く見ると、父親がザックたちを連れて観察しているのが見える。或いは、彼らは覗いて勉強しようとしているのだ。

 それも仕方ないこと。この閉鎖的な世界で、知識は本当に貴重なもの。特に軍事に関する知識は、学ぶ場所さえ見つからない。そのため、貴族達でもゆっくり摸索するしか方法がない。

 先祖や先達たちの断片的なノートは、貴族にとって最も貴重な伝承である。

 大貴族が常に優位に立つことができる理由の大きな要因は、知識の独占にある。


 私は自分にとってどうでも良いトレーニング方法でも、父親にとっては貴重なもののようだ。私に聞けば、幾らでも答えるのに、おそらく自分の息子に頼むのは気が引けるのか、隣で盗み見して記録するだけに留まった感じかな。


 父親が組織した領軍は一見素晴らしく見えるが、初戦は兵士の個人能力を向上させただけ。小規模な紛争では一定の効果があるかもしれんが、大規模な戦場に投入すると実際はあまり役に立たない。

 実際、私が訓練の才能を持っていることを発見した後、父親も一時期、精鋭部隊を創設出来ないか真剣に考えてたらしい。

 しかし、男爵領の財政が厳しく、今より大規模な部隊を養うことが出来ない。男爵領の武装部隊は50人程度の護衛兼治安維持の領軍、戦争で戦う軍とは別物。

 この部隊の規模と性質上、父親の考えを支えるには不十分だ。

 ある意味、小貴族にとって練兵の才能は微妙な才能になっている。軍にしか必要とされない才だが、自分でそれ相応の軍隊を用意できない。よって、騎士団に参加するか、あるいは大貴族に仕えなければ、その才能は活かされない。


 何故なら、一般人で構成された軍隊を幾ら訓練しても、意味がないからだ。

 超常的力を持つこの世界では、一般人が貴族階級に対抗するのは難しい。

 騎士になったばかりの新人でも、何年も訓練を受けた一般兵士を簡単に打ち負かすことができる。これが貴族集団が世界を支配し続ける根本的な理由だ。

 資源の独占に制限され、加えて貴族集団の協力により、『命の水』は外部に漏れことはない。平民が騎士になることを望んでも、騎士に関連するトレーニング方法や指導してくれる人物がいるかどうかはまず置いといて、保険用の『命の水』がない場合、一体どれぐらいの人が命を顧みず、挑戦しようと思うだろうか。


 普通の人に向いているの職業は、戦士だ。

 しかし、同様に超常的力を持っているにもかかわらず、同じレベルの騎士は戦士に対して、圧倒的に強い。騎士特有な突撃能力だけでなく、『命の種』の覚醒も大きな要因だ。

 最も直接的な感想は、身体能力の圧倒的格差。高強度のトレーニング後、『命の種』は自動的に『命の力』を放出し、体の損傷を修復する。


 その一方で、戦士は遥かに惨めだ。『命の種』の助けを受けられず、日常のトレーニングの効果は騎士に比べてはるかに低く、トレーニング中に残った傷も完全に回復できない。戦場では尚更不利だ。

 長寿の騎士は珍しくないが、長寿の戦士はほとんどいない。通常、50歳を超えることは滅多にない。寿命が短いため、力を高めることも先が見えており、大陸全体を見渡しても、戦士である強者の数はほんのわずか。


 話を戻すが、騎士従者だけを育成する場合、適当に訓練すれば十分だ。こんなに身を挺してやる必要はない。

 しかし、何処かで、安心感が足りないと感じているかも知れない。現段階で、周りに危機らしい危機がないのは百も承知だが、体はどうしてもより多くの保証を欲してしまう。それが例え自己満足程度のものでも、だ。


 人生における最初の一歩は、常に最も困難なものだ。今のところ、使える人材は10人しかいない。数は少ないかもしれが、まあ、何もないよりマシだろう。

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