第20話 記録

 私は立ち上がり、手を何度も握り締め、自分の変化を確認した。

 さっき、『命の種』を凝縮した際に搾り取られた『命の力』が、急速に回復し始めている。その元締めは『命の種』からだ。私は試しに一部の『命の力』を別の場所に移動してみたが、すぐに新しい『命の力』が『命の種』から放出され、減少した部位の空白を埋めた。

 自分の体の変化も見てみたいと思うが、この静室ではそれを試すことは出来ん。もし勢い過ぎて、ここを崩したら、地下で生き埋めになっちゃう。


 私は火の消えたトーチを拾い、燃えているキャンドルから火種を借りようとした。

 ん?なんでキャンドルがこんなに短くなっている?

 まあ、いいか、大したことじゃないし。

 私は横に置かれた鉄の箱を背負い、扉にゆっくりと近づいていった。

 何も置き忘れがないことを確認した後、扉をゆくり開けた。父親が何か焦った表情を浮かべながら、扉の外で私を待っていたのが分かる。

 私を見て、父親の焦った表情が驚きへ変わり、そしてまた安堵へと変わった。

「その様子だと、成功したみたいだな」

「はい、お父様!」

「よくやった!これで、お前にも一族の『蔵書室』に入る資格が与えられる。ホフマン家の伝承を見ることができる。家を立つ前に自由に読んで構わん。何か問題があったら、ワシに聞くとよい」

「わかりました、お父様」

 書庫?伝承?ホフマン家の記録って、あんたの書斎にあった羊皮紙のことじゃないのか?私が見てないものがあるってことなのか?まあ、それはまた後で考えよう。


 私は父親の後ろで歩きながら、壁についたキャンドルの火を消していった。地下の階段を出ると、ザックも先ほどの父親と同じ表情を見せていた。

 何かあったのかな?

 物置小屋を片付けた後、父親は私に、静室で一日中滞在してたと、説明してくれた。それで、彼らはてっきり私が失敗したと思っていたそうだ。

 うん?そんなに長い時間経過していたのか!だから壁についていキャンドルがあんなに短くなっていたのか。


 その夜、家族と一緒に夕食をとっていると、家族全員が私が騎士になったことを喜んでくれた。母親は感動半分心配半分で涙まで流していた。ええ~、いつも穏やかな人が泣き出すと、本当に手に負えない。


 翌日、私が『蔵書室』を見学したいと申しだすと、父親は私を屋敷に設置された武器庫に連れて来た。修行に使われている静室と同様、武器庫の下にも階段が存在した。以前とは少し違い、階段を降りた先には複数の部屋だけでなく、どこへ続くのかもわからない長いトンネルもあった。

 おそらく、貴族お約束の避難用の脱出通路だろう。しかし、父親は私がトンネルの先まで行くことを許可しなかった。秘密の脱出通路は初めて使う時にしか真の価値を発揮しない。万が一、出口付近をうろついていたところを、よその人に見られていない保証もないからなね。


『蔵書室』に入ってみると、私はすぐに失望した。山のような本が詰め込まれたと想像していたのに、見つかったのは丁寧に保管された羊皮紙だけ。

 私は一瞬、紙を作って富を得ることを思いついたが、現実的ではない考えはすぐに何処かへ消えた。

 紙を作る技術が複雑だということはまず置いておいて、私の生半可な知識で作れるとは思っていない。転生ものでよくある内政チート?現代社会に生きる一般人が紙の作り方なんて暗記しないだろう、普通。それ以外の問題は、自身の立ち位置が判断を決定するということ。貴族階級に身を置いていることは、貴族階級の立場から考える必要があるということ。


 紙の誕生は、知識の伝達コストを低下させ、文化知識の拡散を促進することができる。前世紀の啓蒙運動は、紙や印刷技術が中国から伝わったことにより、知識の伝達コストの低下をもたらされたことが要因の一つとなっている。しかし、それは支配階級に必要なものなのか?


 答えは、否だ。羊皮紙は、製造コストが高く、書きにくく、文化知識の拡散に不利な面があるという欠点がある。しかし、逆に考えると、それは同時に利点でもある。支配階級の立場から見れば、知識は一族だけで独占すべきもの。文化知識の伝達コストが高ければ高いほど、この独占体制の維持に有利であり、貴族階級の支配にも有利になる。


 既得利益者として、自分の階級を裏切ることは高く評価されるかもしれん、聖人や偉人の類に讃えられるかもしれん。しかし、自分自身の力を強め、本来の階級を乗り越えるよりも、暗殺される可能性の方が高い。お金がどれだけ大事でも、命が一番大事なのは肝に銘じるべきだ。


 私は羊皮紙を手に取り、有用な情報が見つけられることを期待して読み込んだが。残念ながら、中に記載されている内容は数多くあるが、有用な情報はあんまりなかった。

 一族の伝承に記録された情報は、大まかに2つのカテゴリに分けられる。


 一つは一族の系譜とそれに伴う情報。ホフマン家は代々子孫に恵まれて、多くの子供を持っているが、土地や財政的なサポートがそれを支えるには物足りない。そのため、ホフマン家の継承者や継承者候補者以外のメンバーは、自分自身で独立する必要がる。一族の掟に従って、各ホフマン家の子孫が独立する際には、一族が初期資金や物資を必ずサポートする。ホフマン家の他の子供たちは自分の居場所を見つけるために、騎士になった後、騎士の装備一式といくつかの従者をつけて、外で奮闘してきた。


 一族の生存モデルは非常に厳しいものであり、ほとんどの家族メンバーが道半ばで倒れてしまうが、幸運な者たちも必ず存在する。子供を産むことは、実にガチャを引くようなもので、十分な数を引けば必ずSSRが出る。勢力図を変えるまでとは言わないが、功績によって、または結婚によって、高貴な地位を手に入れた者たちも少なくない。

 世代を重ねるにつれて、ホフマン家の名前を冠する小貴族も少なくなくなった。一族は大陸中の貴族社会でも人口が多く、繁栄している家族だ。

 人数が多ければ必ずしも力があるわけではないが、数多くの人を有することは生き残る能力が非常に強いということだ。この羊皮紙には、ある一門が絶えた場合でも、親族から合法的な継承者を見つけることができ、領地を国家に強制的に回収されることを免れている。

 このような経営モデルの中では、世を驚かす天才が現れなくても、子孫の生産性が高い限り、ホフマン家はいずれ階級を超えることができるでしょう。


 二つ目の理由は、一族のメンバーが外出し、持ち帰った資料を大量に記録していること。多くは噂話であり、参考になる情報とは限らんが、様々な見聞が大量に含まれている。

 いくつかの国の制度、地方の特産品、奇妙な伝聞など多種多様だが、最も多いのは戦争に関連する情報。

 国と国の間だけでなく、王国内部の貴族領主同士でも争いが絶えない。生まれた瞬間から、戦争は貴族の人生に付きまとっていると言えなくもない。

 戦争が発生する理由もさまざまで、思いつかないことはあれど、できないことはない。神器の奪い合いから、野獣の対応まで、戦争の引き金になった原因なんて一々数えていたらきりがない。

 はぁ、戦争が好きなのは、どの時代も変わらんなぁ~

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