第26話
学校を出ると、少しマシになってきた。
ふぅ、と深呼吸をし、呼吸を整える。が、まだまだ心臓の鼓動は加速しているように感じられた。身体を血液が勢いよく巡っている。
堀内さんとの会話を思い返すだけで、頬を赤く染めることは容易だった。そもそも、一人で羞恥心に悶えているけれど、堀内さんの話は事実なんだろうか?
堀内さんは嘘をつくタイプには見えなかった。彼女の言葉を信じていいのだろうか?
先輩は何度か好きだと言ってくれたけど、僕は本気にしていなかった。堀内さんの発言を信じるとすれば、いつからだろう。いつから好いてくれていたのだろう?
一度考え出すと、先輩のことで頭がいっぱいになった。あぁ、やっぱり好きだ。
家に着くと、母さんにただいまを言い、すぐに自分の部屋に向かった。一人で考えたかった。
部屋の扉を閉め、一息ついた。状況を整理する前に先輩にメールを送っておくことにした。
『先輩、今、どこにいる? 会って話がしたい』
突然のメールに先輩も何かを察するかもしれない。返ってくる保証はなかったけれど、一縷の望みをかけて送った。
堀内さん曰く、先輩は病院に行っているようだった。今日だけでなく、今までに何度もある口ぶりだった。僕はそんな話を聞いていなかった。どうして僕にその話をしてくれなかったんだろう。
いや、今はそのことを考えるのをやめよう。この答えはきっと考えて出るものでもない。未来からのメールと堀内さんの発言から病院に関すること以外の情報を一旦まとめよう。もしかしたら、考えている間に先輩から連絡が来る可能性もあるし。
僕はスマホを開き、『ミライのボク』からのメールを読み返した。きっとここに何かヒントがあるはずなんだ。先輩に関する何かが。夏休みで鈍った頭をフル回転させて考えた。が、それらしき手がかりを見つけることが中々できない。やはり、僕に探偵の素質はないようだ。
先輩と別れるべきだという忠告は、どういう意味だったんだろう。忠告するくらいなので、先輩が浮気の類をしていて、それを現在の僕に伝えようとしてくれていたということだろうか? そう考えるのが妥当だろう。
そう考えるのが妥当だとしても、頭はその考えを受け付けなかった。僕のよく知る先輩は、平気でそういうことをする人じゃなかった。いつも優しくて、僕なんかのために熱くなれる人だった。そんな先輩だから、好きになったんだ。
じゃあ、あの忠告は一体……?
「あー!」天井を見上げ、叫んだ。
頭がパンクしそうだ。いや、してる。考えても考えても、謎が次から次へと出てきて、頭が全然整理できない。ごちゃごちゃしてきた。
部屋の窓を全開にして、外の空気を目一杯吸う。
少々虫が入ってくるくらいどうってことはない。とにかく、頭を冷やしてやらないと、話をまとめるどころか、どんどん複雑にしてしまう気がした。
「よし」
自分を鼓舞する意味もかねて、呟いた。窓を閉めて、ベッドに座る。
第一として、堀内さんの発言とメールにはかなり乖離があるように感じる。堀内さんの発言からは、先輩は僕に好意を抱いてくれているようで、とても浮気をしているとは思えなかった。しかし、僕や堀内さんに見せていない裏の顔を持っていた可能性も否定できない。
あの写真のカレンダーは九月になっていた。あと数週間のうちに、先輩の気がコロッと変わってしまうのだろうか? そんなわけないだろ、と思いたいところだが、かなり願望が入っていることは自覚している。正直、先輩について何か考えるときに、主観を抜きにして考えることなんてできなかった。
浮気を仄めかすあのメールが何かの間違いであると信じたかった。浮気なんて僕の勘違いということで終わって欲しかった。
もう一度写真を見返す。見たくはないけれど、これしか今は手掛かりになりそうなものがないのだ。
「──ッ⁉︎」
ベッドに座る僕の頭からお尻まで糸を通したように、背筋がピンと伸びた。
そもそも、この写真をどうして『ミライのボク』が持っている?
どうして気づかなかったんだ! 先輩か隣のナンパ男か、どっちのスマホで撮ったのかはわからないけれど、確実に僕のスマホに入っているはずのない写真じゃないか。やっぱり、『ミライのボク』は、僕の未来の姿ではない。
じゃあ、誰が演じていたという話になるが、もうここまで来ればほとんど答えはわかっている。
先輩かナンパ男だ。
この写真を持っているのは、二人だけである可能性が高い。
しかし、先輩に関しては候補から外れてしまうかもしれない。僕と話している間に、『ミライのボク』からメールが来たことがあった。そのとき先輩はスマホを触っていただろうか?
さすがに前の記憶すぎて、過去を遡っても出てこない。
ナンパ男が送ってくる理由としては、先輩を自分のものにするため、と言ったところだろうか。最悪のシナリオだけど、先輩とナンパ男は何らかの形で元々繋がっていて、僕の存在が邪魔になったため、消そうとした。消す方法として、今回のような方法を思いついた。
でも、それが事実なのだとしたら、先輩は僕と関係を続けつつ、ナンパ男とも関係を持っていたことになって、ずっと偽りの仮面を被っていたことになる。その可能性ももちろん否定できないが、きっと真実は違うんじゃないかな。
何か別の理由があったんじゃないか。そう思う。僕が信じることで、裏切られることになるかもしれない。あとで痛い目を見て、今までに味わったことがないくらいの悲しみに打ちひしがれるかもしれない。けれど、裏切られるその一瞬まで、僕は先輩を信じていたかった。
別の理由は、なんとなく病院が関係している気がした。関連性がゼロであって欲しいけど、多分予想は当たっている。
これ以上考えても、何も出てこない気がした。病院に関する情報は何一つ持ち合わせていない。さすがに情報が少なすぎて、あれこれ妄想しただけで終わる。
受験のとき以上に頭を使った。頭が痛い。スマホを見ても、先輩からの返信はなかった。普段すぐに返ってくるのに遅いということは、何かを察したのかもしれない。返ってくる可能性は限りなく低いことを悟った。
先輩に会いたい。けれど、僕は先輩の家を知らなかった。先生に訊いたところで住所を教えてもらえるとは思えない。いくら彼氏だからと言って、個人情報を教えてくれるものだろうか? 教えてもらえるとしても、学校が始まる九月まで待つことなんてできない。堀内さんに訊ねるのが一番可能性はあるけれど、素直に教えてくれるだろうか? 病院に関することを何も教えてくれなかった。先輩との約束を守るためだろうから、何も責めることなんてできないんだけど。
病院というワードだけで、嫌な想像がどんどん膨らんでいく。
早く先輩に会いたい。焦れば焦るほど、何もできない自分に苛立ちを覚える。
さっき確認したばかりなのにまたスマホを確認する。そして、誰からもメールが入っていないことに落胆する。
結局、その日は何もできずに一日が終わった。
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