第27話
翌日。先輩からの返信はまだなかった。けれど、僕が送ったメールに対して既読がついていた。先輩は内容を見た上で、スルーすることを決めたということだ。少し悲しかったけれど、想像通りではあったので、そこまでのダメージではなかった。
僕は意を決して、堀内さんに連絡を取ってみることにした。もう彼女以外に頼れる人がいなかった。どれだけ人を頼れば気が済むんだ、と自己嫌悪に陥りそうになるが、今はそんなことをして時間を浪費するわけにいかない。時間が有り余るときに、たっぷり自己嫌悪に陥ることにする。
『いきなりすみません。山下夏樹です。少し話せないですか?』
僕が送信してスマホの画面を切った直後、スマホが光った。堀内さんからの着信だ。
「は、はい。山下です」
想像以上に早い着信にかなり驚いた。先輩と同じようにレスポンスが速いタイプだ。この二人のメールのラリーって僕が人生でしてきたラリーの回数を一日で上回ってきそうだな、と思った。
『おぉ、かかったかかった』
なんだか堀内さんは嬉しそうだった。声が弾んでいた。
「堀内さん……失礼なことは、承知で言うんですけど、暇なんですか?」
『そんなことないぞ! 超忙しかったんだけどね、彼氏くんのためにわざわざ手を止めて、時間を作ったんじゃないか。はっはっは』
僕はスマホのボリュームを下げる。
「具体的に何してたんです?」
『……スマホ触ってた?』
「暇ですね」
『はい……』
いつしかの僕を思い出した。先輩と初めて出会ったとき、僕は小説を読んでいた。それを理由に忙しいと言った記憶が蘇ってきたのだ。なんだか懐かしくて、よくそんな昔の話覚えているな、と自分に感心する。
少し緊張していたが、いい具合に和らいだ気がした。
「堀内さんにお願いがあるんです」
『そのお願いは昨日来るかなーって思ってた』
「え?」
『昨日彼氏くんからの連絡待ってたのに来なかったから、やっぱり昨日の言葉は嘘だったのかな? ってちょっと心配してた。取り越し苦労に終わったけどね』
堀内さんは、はははっ、と笑った。よく笑う人だ。
『きっと彼氏くんのお願い、叶えられるよ』
「でも、昨日は何も教えてくれなかったじゃないですか」
だから、僕は堀内さんに訊ねることを躊躇ったのだ。
『あー、それは病院に関することね? ウチが華蓮から口止めされてることって病院に通ってるってことだけだから』
「頼んでる身なので、自分の立場で言えることじゃないですけど、堀内さんってずる賢いタイプですよね」
『策士とでも言ってくれたまえ!』
僕が連絡を取りたがることまで想像して、連絡先を交換することを提案してきたのであれば、この人はやっぱり賢い。
「えっと、先輩が通院している病院名は教えてもらえないんですよね?」
『それは約束を破ることになっちゃうからね』
「じゃあ、先輩の家を教えてください」
『わかった。華蓮はきっと家にはいないと思うけど──』
先輩の家を聞き出すことができた。駅からそれほど遠くないようで、迷わず着くことができそうだ。
「無理言ってすみません。ありがとうございます」
『元はと言えばウチが口を滑らせたのが悪いんだしね。あー、華蓮に合わせる顔がないなー!』
「きっと笑って許してくれるんじゃないですか? 先輩なら」
堀内さんと二人でいるときの空気感がどういったものなのか、僕は二人のやりとりを見たことがないのでわからない。けれど、先輩なら、「言っちゃったかー!」とか言って、笑い話に変えてくれそうだ。
眉間にシワを寄せるみたいなわかりやすい怒り方をして、すぐに笑顔に変わる先輩の姿を思い浮かべることができた。
『そうだといいんだけどねぇ。でも、住所まで勝手に教えちゃったしな〜。はぁ〜〜〜』
「すみません……」
『いや、ウチが悪いんで……そもそも、大好きなくせに彼氏くんに何も言わない華蓮も悪い!』
「それだと、みんな悪いですね」
『平等だねぇ。勝手に華蓮も入れちゃったけど』
堀内さんは安定に、はははっ、と愉快な笑い声をあげた。今度は僕もつられて笑った。
「一つだけ訊いてもいいですか?」
『ん? どした?』
「どうして僕のためにここまでしてくれたんですか? 堀内さんと僕は昨日会ったばかりですよ」
堀内さんがどうしてこんなにも協力してくれるのかがわからなかった。堀内さんにとって先輩は親友であっても、僕との関係性はただの同じ学校の後輩だ。
「これは華蓮のためでもあるんだ。華蓮って一人で抱え込んじゃうタイプなんだよね。誰かのためには一生懸命になるんだけど、自分のことってほとんど話してくれないんだよ。ウチに病院のことも中々言ってくれなかったし。心配かけるから、とか言ってたんだけどね、あの子。秘密にされてた方が心配になるっつーの! もっと誰かを頼って欲しいんだよ。特に華蓮が好きな彼氏くん、君のことを。君は華蓮の全てを受け止める覚悟はある?」
僕は先輩がどういった状況なのかわからない。けれど、僕がしようとしていることは覚悟が必要で、生半可な気持ちで会いに行くべきではないことくらい想像ついた。
それでも、僕の答えは決まっていた。
「もちろんです」
『即答なら安心だ! 悔しいけど、彼氏くんにしかできないことがたくさんあると思う。ウチじゃできないことを助けてあげて欲しい』
「はい。任せてください」力強く、言った。
僕はもう一度、先輩に会う。絶対に会う。そして、先輩が僕を救ってくれたように、僕も先輩の手助けがしたい。僕ができることならなんでもする。それくらいの恩を感じている。いや、恩返しとか、そんな大層なことではないのかもしれない。単純に好きな子が困っているときに、手を差し伸べたい。そんな小っ恥ずかしいことを原動力にできるのだ。それくらいに先輩のことが好きだ。
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