第11話
先輩に満足してもらえた後、ぶらぶらゲームセンター内を歩き回っていると、プリクラ機の前で先輩は立ち止まった。あまりにも撮りたいオーラが全身から出過ぎている。
僕は先輩が立ち止まったことに気づかないフリをしたが、またもや失敗に終わった。僕は腕を掴まれ、強引に中に連れ込まれたせいで、プリクラを撮る羽目になってしまった。
「僕も撮らないとダメですか?」
結局撮ることになるんだろうけど、悪あがきくらいしておきたかった。
「当たり前でしょ? 一人で撮っても寂しいじゃん。さっきのお礼として、私が出すからさ」
別にお金の問題で渋っているわけではない。こういう場所は僕みたいな男とは不相応だ。
「……拷問じゃないか」
「ん? なんか言った?」
ゲームセンターの騒々しさにかき消されて聞こえるはずがないと思っていた。僕の頭の中のメモに、『先輩は地獄耳』と付け加えておいた。
「何も言ってないです……」
二人だけの空間なので多少羞恥心は緩和されるが、それでもソワソワして仕方がなかった。
「ほらほら、もっと笑顔になって」
もうどうにでもなれ、と吹っ切れた僕は、全力で笑顔を作り、拷問を耐え抜いた。
「はははっ」
プリクラを撮り終えた僕らは、ゲームセンターを後にし、家に帰るために駅に向かっている道中、さっきからずっと先輩がバカにしてくる。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
「ごめんね。いや、ここまで笑顔が下手な人っていないと思うよ? ギネス狙えるんじゃない?」
世界一笑顔が下手くそな男としてギネスに乗るとか、不名誉すぎる。
スマホでツーショットを撮ったことは何度かあったが、大抵そういうときって先輩が僕の笑顔の瞬間を狙って撮ってくれる。つまり、自然に僕が笑っているときが多いのだ。今回みたいに笑顔を作る必要があるときは、どう表情を作ればいいのかわからなかった。
何気ない瞬間を撮られるのと、カメラを構えて、ポーズを決めて撮るのとでは、全然違う。言い方は悪いが、偽りの、作り物の笑顔を貼り付けて撮るようなものだ。わかっていたことではあったけれど、僕はそれが苦手なんだと再認識した。
「僕のプリクラの話はもういいですよ」
「えー、もっとこの話したかったなー。じゃあ、話題変えるけど、どう? 私、かわいい?」
先輩はニコッと笑いながら、プリクラで撮った写真を見せてきた。
僕と違って、先輩は至って自然な笑顔で写っていた。そもそも素材が違うよなぁ……。
可愛い方ではあるんじゃないかと思うけれど、それをそのまま先輩に伝えるのはシャクだった。僕が褒めることで彼女は調子に乗る。さっき笑ってきたお返しとして、手放しで褒めたくはなかった。
そんな風に考える僕は、まだまだ子どもなんだと思う。
「まあ、僕よりは可愛いんじゃないですか」
「君に負けたら私は女をやめるよ……そういうことじゃなくてさー。他の女の子と比べて、どう?」
「どうって言われても……こういうとき、彼氏ならなんて言うんですか?」
先輩が求める言葉をわかっていながらも、あえて訊いた。素直になれない自分もいるけれど、そもそも僕にそういう言葉は似合わなくて、僕が言うべきことじゃない気がしたから。
「そりゃあ、可愛いって褒めてくれるんじゃない?」
「可愛い」
「はいはい。夏樹くんに期待した私がバカでしたー」
今まで期待を裏切りすぎて、何回言われたか覚えていない。先輩も口癖のようになってしまっている。
駅までの数分間、先輩は少し不機嫌な気がした。電車に乗ると、機嫌も徐々に戻っていき、ホっとした。彼女がいつも乗り換える駅に着き、鼻歌を歌いながら降りていった。一人になると急に現実に引き戻されたかのように、罪悪感が僕を襲ってきた。
窓から西の空に沈む夕日を眺めながら、ゆっくり罪悪感で心が満たされていくのを感じる。
「……僕はどうしたいんだろうな」
誰にも聞こえないくらいの、声になっていたのかもわからないくらいのボリュームで、呟く。今日みたいに楽しく一日を過ごす僕の姿を見て、楓はどう思うだろう。
憎まれても仕方がないな。
今度は声にせず、心の中だけで呟いた。
帰宅し、手洗いだけ済ませ、すぐに部屋に入った。活発に一日行動したせいで、身体は休息を求めていた。少し眠ろうかと思い、ベッドに寝転がった瞬間、スマホが揺れた。
スマホを確認すると、『こんにちは。過去の僕』と表示されている。連絡が来るのは先輩くらいなので、一瞬で僕の知らない人からだとわかった。
スマホを開き、アプリを起動し、名前を確認すると『ミライのボク』と書かれていた。
誰かのイタズラだろうか?
友達追加していない人からだったので、迷惑メールとかそういった類のものだろう、と思い、放置して、ベッドに顔を埋め、眠ることにした。
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