第6話

 先輩とある程度回ったところで、昼ごはんを食べるため、芝生エリアに移動することにした。どうやら休憩スペースとして開放されているようで、僕らが行った頃にはそれなりに人がいた。


「こんなにいたんだね」

「みたいですね」


 レストランや軽食を買うことができるキッチンカーもあるが、昼ごはんを食べることができる場所は限られており、当然お昼の時間になるとそういった場所に人も集中する。人はまばらでそんなに人がいないように見えた園内も数カ所に集まると、かなりの人数に思えた。

 なんとか僕らは場所を見つけ、そこに持ってきていたレジャーシートを敷き、昼ごはんを食べることにした。


「じゃじゃーん」


 先輩は満面の笑みでお弁当を広げた。

 先輩からは「お昼の心配はしないでいいからね」と言われていた。まさかお弁当を作ってくれているとは思っていなかったので、少しびっくりした。驚きの中には先輩が料理できるということに対する驚きも含まれていた。


「先輩、料理できるんですね」

「失礼だなぁ。私だって料理くらいできるよ。ほら、美味しそうでしょ?」


 一ヶ月前に失礼な発言から僕らの関係が始まったことを先輩はまるで忘れているようだった。

 先輩が見せてくれたお弁当の中身はどれも美味しそうだった。玉子焼き、ウインナーと言った定番のものもあれば、野菜の肉巻きやポテトサラダもあり、作るのにかなり時間を要しているように思えた。


「いただきます」

「召し上がれ〜」


 玉子焼きからいただく。さすがに冷たくなってはいたが、美味しい玉子焼きだった。味は濃すぎず、薄すぎず、ちょうどいいバランスで、マヨネーズが入っているのか玉子もふわふわなままだった。


「美味い、です」

「ふふっ。それは、よかったです」


 先輩が料理できることに驚きながらも、僕の箸は止まらなかった。お弁当を美味しくいただいた後、先輩は歯磨きをするためお手洗いに向かった。


「お待たせー」

「待ちました」

「夏樹くんはそういうとこあるよねえ。嘘でもいいから全然待ってないよ、くらい言えないの?」

「僕に彼氏らしいことを求めてるんですか?」

「あー、大丈夫。期待した私がバカだった」


 先輩は呆れ顔で、はぁ、と小さくため息をついた。彼氏っぽいことしてくれる日が来るといいなー、と僕に聞こえるように言った。来るといいですね、と言った僕はどこまでも他人事だった。

 僕らは芝生の上で休憩することにした。天気はいいが、まだまだ肌寒い季節だ。お世辞でも心地の良い風だとは言えない、肌に突き刺すような冷風を浴びながらぼんやりと青い空を見上げた。


「青いねえ」


 どうやら空を見上げていたのは僕だけではなかったようで、先輩も僕と同じような感想を抱いていたようだ。

 雲ひとつなく、快晴だ。こんなに晴れているのにとても寒いため、この世界にちょっとした違和感のようなものを抱いてしまう。きっと夏の暑い日には曇っているのにどうして暑いんだ、と似たような違和感を覚えるのだろう。


 先輩の横顔をぼんやりと眺める。

 鼻筋は通っていて、まつ毛も長く、綺麗だった。


「私に見惚れちゃった?」


 先輩の視線は上にあったため、僕が眺めていたことに気がついていないと思っていたけれど、バレていたようだ。


「違いますよ。顔に蚊が止まってるなーと思いまして」


 僕は至って冷静に、誤魔化すため言った。ただ眺めていただけであって、決して見惚れてなんかいない。しかし、見ていたことは事実。先輩にバレていたことが恥ずかしかった。


「え? ほんと? どこ?」

「冗談です。季節考えてください。次、どこ行きます?」


 話を深掘りされても困るので、話題を変えた。


「あー! 誤魔化した! まあ、なんか嬉しいから許してあげるけど」


 そう言って先輩は僕の髪をわしゃわしゃしてきた。


「僕、犬じゃないんですから、やめてくださいよ。嬉しいってどういうことです?」

「夏樹くんはなんだか変わった。人に関して無関心なヤバい人かと思ってたけど、そういうわけじゃなさそうで、安心した!」


 先輩は嬉しそうににっこり笑う。

 僕が先輩に対して抱いていた第一印象と全く同じでなんだかおかしくて、自然と笑みが溢れてしまった。


「うわっ。夏樹くんが笑った。大スクープだ! ちょっと一枚よろしいですか?」


 先輩の手にはすでにスマホがあり、インカメラで素早く僕とのツーショットを撮った。一瞬の出来事で僕に抵抗する一瞬の隙もなかった。


「うしっ。ところで、どうして笑ってたの?」


 不思議そうな顔で訊いてきた。


「秘密です。勝手に写真撮った罰です」

「えー。ケチ。だって、絶対私が撮ろうって言っても、一緒に撮ってくれないでしょ?」


 先輩は不満そうに口を尖らせながら、言ってきた。確かに僕は普段から写真を撮る側の人間じゃない。言ったことはなかったけど、わかっている先輩はさすがだ。


「写真くらい言ってくれれば撮りますよ」

「先に言ってよーーー」


 先輩は頬を膨らませて、不満げに言った。

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