第3話
先輩の告白を了承した日の放課後。校門前で待っておくよう言われたので、全ての授業が終わり、校門の方へ向かっていると、肩をトントンと叩かれた。
「ひっかかったね!」
僕が振り向くと、そこには先輩の指があって、頬にめり込んだ。嬉々とした表情を浮かべる先輩は、「にひひ」と笑った。口には出さないが、魔女のようだった。
「びっくりしました」
「いや、どこが? びっくりしたなら、もっとびっくりした顔して? あまりにも無反応すぎて、なんだか上手くいったはずなのに悲しくなっちゃうから」
その後に先輩は「君は目の前に強盗がいても、無表情っぽいよねー」と付け加えた。失礼な。僕だって強盗がいたらさすがにもっと顔に出る。と思う。断定できないのは自分自身で顔に出にくいタイプであると自覚しているからだ。
別に何も感じていないわけではないので、誤解が生まれない程度には表情を豊かにしたい……。
「先輩が期待するようなリアクションができなくて、すみません。ところで、今から何かあるんですか?」
「まあ君が反応薄いタイプだとは思ってたから、大丈夫。うん。おほんっ。えっと、今から私は君を質問攻めにします」
「いやです」
ろくなこと言いそうにないな、と思っていたが、予感は当たっていたようだ。きっと先輩の性格から推察すると、黙秘権を行使させてくれないタイプの人だと思う。どうして告白を了承したんだろう、僕は。あの場の空気にあてられたのかもしれない。
「即答!? だって、付き合ったのに何も知らないんじゃ、どんな会話すればいいのかもわかんないでしょ?」
「それはそうですね」
先輩の言う通り、本当に僕らは何も知らない。名前も知らないのだ。今わかっている情報で言えば、『先輩』、『ヤバい人』、『性別:女』、これくらいだ。
「でしょ? だから、君のことをよく知ろうと思います!」
「ちなみに黙秘権は?」
半ば諦めてはいたが、一応訊いておいた。
「ん? あると思う?」
「はい……」
そこから先輩による質問攻めが始まった。残念ながら僕らの帰る方向は同じらしく、乗る電車も同じだった。
「名前は?」
「
「夏樹くんね。よしっ。覚えた。ちなみに私の名前は、水無華蓮。水無は水が無いって書いて、華やかの『華』に
先輩は覗き込むように僕を見てきた。目が合うと気まずくて、つい視線を逸らしてしまった。
「はい」
「じゃあ、言ってみて。私の名前。漢字もね」
まずい。上の空で聞いていたので、正確に答えられる自信がなかった。先輩の名前は、『みずなしかれん』だった気がするけど、漢字はなんて言っていたかなあ……。苗字はギリ出てきそうだ。
先輩は口角を上げて、悪人面をしている。僕が答えられないことをわかっていて、試しているようだった。
間違えたら怒られるんだろうけど、一か八か言ってみることにした。
「水が無いって書いて、水無。花に連なるでカレンでしたっけ」
「下の名前適当すぎるからね? まあ、そんなことだろうと思ったけどさ。華やかの『華』に蓮で華蓮だからね」
先輩は最初から僕に期待していなかったようだ。もー、と牛のように小さく呟いた後に、「華やかな私にぴったりだから、覚えやすいでしょ?」と付け加えた。見習いたいくらいの自己肯定感の高さだな。
もっと取り調べのような厳しいものを想像していたけれど、意外とゆったりした雰囲気で僕への質問は行われていた。
「血液型は?」
僕の血液型を知ったところで何になると言うのだろう。きっと何にもならない。僕の情報は根こそぎ抜かれるんだろうな。
「Oです」
「おっ、一緒だ。じゃあ、兄妹構成は?」
質問を理解した瞬間、心臓をきゅっとつかまれたような感覚が僕を襲った。
時が止まったように感じられ、すぐに言葉が出てこなかった。声に出したいのに、上手く発声できる自信がなかった。
「──ひとり」
やっとの思いで外に出した声は、少し掠れていた。
「そっかそっか。ちなみに私はお兄ちゃんがいるよ。ちょっとチャラいんだよねぇ」
僕が言葉に詰まったことに先輩は気づいていないようだった。
いや、もしかしたら空気を読んで訊ねてこなかったのか、シンプルに気づいていないだけなのかはわからない。どちらにせよ今の間について、何も訊かれなくて助かった。
きっと僕は動揺して、上手く誤魔化すことができなかったはずだ。
僕は嘘をついた。
正確には半分嘘で、半分本当。
まだまだ質問は続くようなので、何事もなかったかのように答え続けた。先輩に怪しまれないように、慎重に。
プラットホームで電車が来るのを待っていたとき、ある程度僕の情報を仕入れて満足したのか、「次は君が質問する番だね!」と言った。
別に質問することなんてない。興味が全くないわけではないけれど、先輩は何か僕に質問するたびに先輩自身も答えてくれていた。先輩の名前は水無華蓮。血液型はO型で、お兄ちゃんが一人いる。その他にも趣味は漫画を読んだり、映画を観たりすること。特に恋愛系が好きというどうでもいい情報までプレゼントされた。それ以外にも最寄駅はどこか、文理選択はどっちかなど様々な先輩に関する情報を手に入れている状況だった。
今更僕に何を質問しろ、というのだ。
僕が頭を悩ませていると、先輩が隣でニヤニヤしていた。
「どうしたんですか? ちょっと気味が悪いんですけど」
「んっ! 私を幽霊みたいな扱いしないでくれるかなぁ? まあ、可愛い後輩だから許してあげよう。いや、今は彼氏か。きゃーっ!」
なんか一人で盛り上がっている。愉快な人だな、という印象に変わっていた。一人二役で会話が成り立つんじゃないかと思った。
「で、どうしたんです?」
「本当に君は先を急ぐねぇ。えっと、思った通り君は人に関心がなかったことによる、喜び?」
柔和な印象を与える目を少し細めて、首を傾げながら言った。
「いや、語尾上げられても困るんですけど」
「ははっ。そりゃあ、そうだ。なんか予想的中! って感じで笑っちゃっただけ」
はぁ、という曖昧な返事しか出てこなかった。
先輩の感覚を理解できる日が来るのだろうか? 一緒にいることで僕の感覚も変わってくるのだろうか? 価値観とかって周りの影響を受けて、形成されていくものだと思っているが、先輩の価値観に触れたとしても僕の価値観は一切揺れ動かない気がした。天と地くらい感覚が離れている。
結局、僕は質問できずに先輩が下車する駅に着いてしまった。ここからさらに乗り換える必要があるらしい。
「またね」
一言別れの挨拶をし、下車する人たちに紛れて、降りて行った。すぐに背中は見えなくなった。
不思議な一日だった。
話したこともない先輩から告白されて、それをOKして、一緒に帰ることになったのだから。僕も僕で、ヤバいな、と電車の窓から差し込む夕日に目を細めながら、茜色に染まる空を見ながら思った。
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