高校一年生 冬

第1話

「ねえねえ、君って人に興味あるの?」


 そう言って僕に声をかけてきたのは、同じ学校の先輩だった。

 残念ながら同じ学校の先輩という情報以外は何も知らなかった。顔も、声も、髪も、何一つ僕が見知った人物と一致しなかった。うちの高校は制服のリボンの色で学年がわかるため、一つ上ということだけはわかった。けれど、どれだけ僕の記憶を遡っても、この先輩と面識を持った記憶は出てこなかった。


 それゆえ、先輩に抱いた第一印象は、ヤバい人。

 先輩に対してそんな印象を抱くのは失礼なのかもしれないが、初対面の相手に変な質問してくる人が、ヤバい人でなければなんだと言うのだ。


 僕は取り柄とか特技とか、そんなものは一切ないけれど、それなりの良識を持った人間だとは思っている。普通の人なら絶対に言わないであろうことを平気な顔して言ってくる先輩は、良識というものが欠けているのかもしれない。

 

 そんなヤバい先輩の発言なんて無視すれば良かった。別にわざわざ会話する必要なんてなかった。それなのにどこか気になってしまう自分もいて、少しくらい会話してみよう、という気分になっていた。怖いもの見たさみたいなものだ。


「人並み程度にあれば嬉しいですね」


 と、先輩には言ったけど、実際のところ人並み程度にあるんだろうか。あまり自信はない。


 僕が先輩のことが気になったのは、恋愛感情を持ったからではない。ただ、話しかけるなオーラ全開だった僕に失礼な質問をしてくる先輩との会話とはどういうものなのか、少しばかり気になったからだ。ほら、人に対して興味を持った。


「なさそー。君の目は死んでる!」


 どうしてだろう。この人の発言全てがめちゃくちゃ失礼で、僕じゃなければキレる人がいてもおかしくないはずなのに、それほど不快な気持ちにならないのは、高校生になった僕が人間として成長したからだろうか? それとも彼女の人間性というか、人柄みたいなもののせいだろうか?


 きっとどちらの要素もあるのだろう。強いて言えば、後者が強い気がする。いきなり失礼な発言をしてくる先輩に対して、人間性が良いと評するのは間違っているのかもしれないけれど、その失礼な発言にトゲのようなものは何ひとつ感じられないのだ。勉強中に解けない問題に打ち当たり、それを先生に質問する。先輩のテンションや話し方は、そんなようだった。


「初めて言われました」

「意外だねぇ。あっ、ごめんごめん! 失礼なこと言っちゃった」


 先輩は悪びれる様子が一切なかったが、形式上謝る仕草はしてきた。さっきから失礼な発言をいくつかしているが、それには気づいている様子はなかった。不思議な人だな。


「気にしてないんで大丈夫です。で、僕に何か用です?」

「用がないと話しかけちゃダメなの?」

 

 先輩は心底不思議そうな顔で訊いてきた。そんな顔をされたら、僕の方がおかしな発言をしているんじゃないかと思えてくる。調子を狂わされるな……。


「ダメではないですけど、僕も忙しいので」

「優雅に中庭で小説読んでる君のどこが忙しいのか、説明してもらえるかな?」

「小説に忙しいです」

 

 僕は手に持っていた小説の表紙を見せて、アピールしておいた。


「じゃあ、大丈夫だ!」


 なにが大丈夫なのか僕の脳では理解できなかった。きっと先輩の頭の中では大丈夫という結論に至った過程があるのだろうけど、それは一生理解できないものなんだろうなと思った。


「はぁ……」

「あー、つまんなそうな顔してる」

「いや、この意味のない会話をいつまで続けるのかな、と思いまして」

「はぁ〜〜〜。君はなんだか寂しいねぇ。会話に意味を見出しちゃダメだよ。おしゃべりするだけで楽しいもんなんだから」


 この段階で先輩と僕とは価値観が合わないんだろうな、と思った。気づくのが遅すぎるかもしれないけど。目的がない、ゴールの見えない会話というのは苦痛に感じてしまう。いつ終わるのかわからない長距離走をさせられている気分になる。


 どうやら先輩はそういうわけではないらしい。


「そんなもんなんですかね」

「そうだよ、そうだよ。君はもっと人を知ろうとしてみてね」


 どうして僕は初めて会った名前も知らない先輩に、アドバイスを受けているのだろう。


「努力はします」可能な限り心を込めずに言った。

「絶対しないねー」

「どうでしょう。ところで先輩は本当に用もなく、話しかけてきたんですか?」


 実際のところ先輩が僕に話しかけてきた理由なんてないのかもしれない。本当にただただ僕が人に対して無関心であることを告げるためだけに話しかけてきたのかもしれない。わからないけれど、なんだか先輩が用もなく話しかけてきたとは思えなかったのだ。

 そんな感じがする、といった程度の話だ。間違っている可能性もある。たった十六年生きた僕の経験則だから。気のせいかもしれないけれど、時折先輩から緊張感のようなものが漂ってくるのだ。重大発表を控える直前みたいな。


「君は、どう思う?」

「なにかあると思ってます」僕が言うと、先輩はニヤッと笑った。

「そっかそっか。察しがいいねえ。私は君に告白するために話しかけたんだよ」


 ……告白?


 あまりに予想外の答えで絶句した。

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