39.獣人

 威圧にあてられ怯えているアンにカイルが近づくと恐怖で身体が震えている様子。そんなアンに両手でアンの両肩をつかんだ。


「心配するな!大丈夫だ」


何もなく素通りされた猿人はカイルの方を振り向く。


「おい!」


その光景に目を見張る鳥人。カイルがアンの両肩をつかんで1〜2分くらいでアンから震えが無くなった。


「アンはナナミの所に先に行ってて。水は俺が持っていくから」


不安気に見るアンにカイルは両手でアンの頬っぺたに触れる。それにアンは安心した顔を見せ、その場から離れてナナミのいる方へ駆け足で戻っていった。


「逃がすかよ!」


追いかけようと駆けだそうとするもカイルが片手を突き出し目の前に立ちはだかる。

アンがここからある程度距離が離れたことがわかると、猿人と鳥人の方に振り向いた。


「待った?君たちのような人を始めてみたよ!」


そう、猿の姿をした人間と鳥の姿をした人間を生まれて初めて見たカイルはワクワクが止まらない様子。


「どけぇー!!」


アンを追いたい猿人。


「俺だけで充分だと思うけど?」

「ただの人間がここで何をしてる?悪いが得体の知れない者を逃がすわけにはいかない」


鳥人は飛び立ってアンを追おうとするも、気づけば自分の後ろで自分の羽に触っているカイルがいた。


「(いつの間に!)」


得たいの知れぬ恐怖で背筋が寒くなり、飛び立てる気になれなくなってしまう。


「アンは見逃して欲しい!お願いだよ!」


「わかった!羽を触るのはやめろ。気持ち悪い。見逃すかは話を聞いてからだ」


今にもアンを追おうとする猿人に視線を合わせる。それに気づくと追おうとするのをやめた。


「くそっ!」


納得のいっていない表情を見せる猿人。カイルはそんな猿人に神経を逆なでするような笑みを見せる。


「鳥さんの言う通り、落ちつかなきゃ!」

「ムカつくガキだぜ!こんな所でなにしてんだ。人のガキ共がいて良いところじゃねぇー」

「(俺が聞こうと・・・)」


鳥人は落ち込んでいる様子を見せる。カイルと猿人はそれに気づかなかった。正確には猿人はカイルに対して気が抜けない精神状態なので鳥人の様子に気づけないでいる。


「この山を越えようとしている所さぁー。でも、そいつらがしつこくて」


二人に狩られて、首と胴体が離れている状態の狂獣を見る。もちろん、もう動くことはない。


「まだまだ、これだけじゃない。お前が強くても体力は消耗する。いずれ、仲間が喰われることになる!」

「ふっ!俺の仲間はそんなに弱くないよ。それにさっき2匹くらい倒した」


鳥人の横を通り過ぎ川の方に歩いていく。その様子をじっと見つめている鳥人と猿人。カイルは周りを見ながらキョロキョロしている。


「何をしてんだ?あのガキ」

「水が欲しいのか?」


二人の会話が聞こえていたのかカイルが二人のいる後ろを振り向く。


「さすが鳥さん!水を運びたいんだ。どうしたらいい?」

「良く聞こえたな?仲間にでも持っていくのか?」

「図々しいやつだ!」


カイルの態度に気に食わない表情を見せる猿人だった。


「ナナミが狂獣をさばいているところなんだ。水が必要ないと続けられない」


それを聞くと鳥人は雲がまばらにある空を見回す。隣にいた猿人はカイルの”狂獣”という単語に反応した。


「こいつらを喰う気か?お前ら狂うぞ!」

「えっ!本当ぉー!」


困った顔を二人に見せるカイルは何も言わず、いきなりアンが行った同じ方向へ駆け出す。気づけば既に見失いそうな距離まで離れていた。生い茂る獣道をそのスピードで動くのは尋常ではない。


「おい!」

「追えばどういうことかわかるはず」


猿人と鳥人は見失わないようにカイルを追おうとする。カイルほどではないが自動車並みの速さで獣道を駆け抜けていった。


                 ※ ※ ※


 狂獣の解体によってナナミの手の大部分に血が付着していた。3匹中2匹目に取り掛かっている最中だったが手が痺れに襲われ、解体作業が止まってしまっている。手に持っていたサバイバルナイフは痺れの影響で自分の意思に反して地面に落ちてしまった。落ちたサバイバルナイフには血と少しの土が付いている。ナナミは少し辛い様子を見せていた。


「(痺れがどうして広がるの?・・・)」


初めは手だけであったが時間が経つにつれ、手から腕にまで痺れが広がってきている。


「(このままだとまずいんじゃ!)」


自分の身体に力を入れようとする。痺れの影響もあって簡単ではなかったが、それを乗り越えていくと身体から白い靄というか白いオーラが放出され始めた。


「(だいぶマシになった気が・・・)」


ナナミがギョペ集落の統領から授かった”エンゼビリティー”の効果により痺れが軽くなったのだが…。


「うっ!・・・」


”エンゼビリティー”の効果が持続できず、白いオーラの放出も無くなって再び痺れに襲われてしまった。そして、少し時間が経ってまた自分の身体に力を入れて”エンゼビリティー”の効果を出すということをしばらく繰り返し続けている。


「(でも、この力で広がりはなんとか抑えられるみたいだけど体力がいつまでい持つか・・・)」


すると、今まで座ってジッと見ていたオオカミがナナミの元に近寄り、手に付着していた狂獣の血をペロペロと舐め始める。


「急にどうしたの?美味しくないと思うけど」

「・・・」


問いかけに反応することなく、黙々と付着している血を舐め続けている。手から血が無くなるにつれて、痺れも同時に弱くなっていく。


「この血がいけないってこと?だとしたら・・・」


繁みからカサカサという音がこちらに近づいてくるのに気づく。オオカミは繁みに目を向けることなく、ナナミの手を舐め続けていた。まだ、完全に痺れが取れていないので、地面に落ちてしまったサバイバルナイフを拾うのは難しい様子。こちらに近づいてくる音はもうすぐそこだった。


「狂獣だったらここまでね。カイルも気づいていないだろうし」


死を覚悟して目をつぶる。しかし、自分が嚙み殺されることもなくまだ意識があった。


「(殺気がない!)」


恐る恐るゆっくりとまぶたを開いていくと、目の前に立っていたのは自分より背が低めで赤い髪が特徴の少女だった。様子を観察すると少し息が荒いのが伝わってくる。


「アン!!」


ナナミはその少女の名前を呼んだ。


「ハァー!ハァー!・・・」


アンは自分の息を整えようと深呼吸をする。ナナミが周りの様子を探り、アンに顔を見据える。


「カイルはどこ?水は?」


深呼吸を繰り返し息が整ってくると、自分が来た方向に顔を向け、話を始める。


「猿と鳥がしゃべっていたの。隠れていたら見つかっちゃってね。私を逃がしてくれたの」

「ハァー!遊んでいるからしばらく帰って来なさそう。私もやりたいのに!」


悔しがっている様子を見せてから、処理が終わっていない狂獣の骸を見る。


「水がないと匂いがきつくなってくる。虫も湧いて他の狂獣も来るかもしれない」


気づけば空は夕暮れ時に入っていた。山の中の為、気温の下がるスピードが平地と比べて早い。ナナミ、アン、カイルのペットのオオカミの口から白い息が出ていた。


「そろそろ暖の準備をしないと・・・」

「小さい枝を集めてくるね」


気を利かせてアンが焚き火に必要な木の枝を取りに行こうとする。


「待ってぇ!1人で行くのは危険」


すっかり身体の痺れが取れたナナミは落としてしまったサバイバルナイフを拾い、木の太い木の枝をロックオンするかのような目つきを見せた。すると、ナナミが握っているサバイバルナイフ側の手からかすかに白い光のモヤが現れる。


「やれるはず!」


太い木の枝は自分の背より高い位置にあるので、助走をつけようとする体勢をとってその木に向かって駆けだそうとしていたが…。


「どうしたの!?」


その声の主はアンだった。声をかけたのはカイルのペットのオオカミでそのオオカミはある一定の方向を先ほどからずっと見ている。


「わおぉーーーん!!」


突然、遠吠えをしたので、今にも駆けだそうとしていたナナミがビックリして転んでしまった。そのナナミはオオカミの様子を見る。


「なによぉ!?」

「何か来るの?カイル?」


オオカミと同じようにアンは視線を同じ方向に合わせた。カサカサッという音が聞こえるとその直後にオオカミに人が乗っていることに気づく。


「カイル!」


その声はナナミだった。アンが横を向くと、ワクワクしている様子のカイルがオオカミに乗っていた。


「やぁー!」


手を上げナナミとアンに挨拶すると、その手でオオカミの頭を可愛がるようにナゼナゼした。しかし、オオカミはまだ一定の方向をジッと向いたまま。


「アンから聞いたわ。その猿と鳥はどうしたの?」


そう言いながら立ち上がった。


「ナナミ!それ食べちゃダメってお猿さんと鳥さんが・・・」


オオカミが見続けている方向から突風がビューンと吹く。突風が無くなると獣の身体をした人間がナナミの目の前に立っていた。


「猿・鳥って俺たちのことだよな?」


猿人がカイルを睨み付けながら言った。今にも攻撃しかねない様子。


「そうだろうな」


カイル・ナナミ・アンそしてナナミによって解体された狂獣の骸を見てから返事をした鳥人。


「あんたたちは妖怪?」


目の前の存在にビックリして目を見開き、立ち上がれないナナミ。カイルはペットのオオカミから降りた。


「いやぁー!早いねぇー!」


猿人と鳥人を素通りしてナナミに近づいていく。素通りされたことに気づかず、ナナミの方に着いた時にやっと気づいた。


「ヨウカイってナナミが前に話してくれた生き物のこと?」


ナナミに手を差し出して立ち上がるのを助ける。


「私のいた世界で猿や鳥がしゃべるなんてあり得ないもの。」

「俺だって今日が初めてさぁ!」


立ち上がったナナミは改めて猿人と鳥人を見すえた。一方、ナナミと相対している猿人と鳥人も同じことをする。


「久しぶりのメスだな!メスを見るとクニが恋しくなるなぁー!」

「戻りたいなら戻れば良い。俺はここで続ける」

「勘違いすんな!戻る気はねぇー!!」


サバイバルナイフを握ったまま話をしている猿人と鳥人にゆっくりと近づいていく。すぐに気づいた二人はナナミに注目した。


「俺たちとやる気か?そこのガキはともかくお前には負ける気がしねぇーが!」


獣の殺気をナナミに向ける猿人。向けられたナナミは立ち止まり、固唾を吞んでしまう。カイルはいつの間にかアンの隣にいてヘラヘラしていた。そのアンは心配そうな表情を見せ言霊を使おうとするが、カイルに片手で止められる。猿人と鳥人の後ろにいるオオカミはというと意外と大人しく様子の流れを見ていた。


「(・・・1対1でも私、殺されるわね!)」


握っていたサバイバルナイフをしまい、好戦の意思が無いことを二人に示す。


「懸命な判断!これだけで力の差を理解するとは、賢そうだ!」

「まぁーいいだろ!」


すると、猿人の雰囲気から殺気が無くなり、ピリピリしていた空気が落ち着いた。


「ナナミの世界じゃーあ。こういう時は勇敢に戦うんじゃないのかぁ?」

「煽らないでぇ!!戦いたいけど、今はその時じゃないの!」


カイルはそれにヘラヘラの笑みではなく、ニコッとした表情を見せる。


「ごめんなさい!それであなたちはカイルに狂獣を食べてはいけないと言ったみたいだけど・・・」


突然何かを思い出したような顔をするカイル。


「あっ!俺はカイル。よろしくなぁ!」

「この空気で自己紹介だぁー!能天気な奴だ。俺は満威。狂獣狩りだ」

「俺は張羽。こいつとおなじく狂獣を狩っている」


猿人が満威、鳥人の方が張羽だった。その後、ナナミとアンもそれぞれ名前を名乗った後に話は戻る。


「そいつらを食べたらお前らもそいつらのように狂う!」

「やがて苦しみながら死ぬはめになる。俺たちの仲間はそれで狂い、死んでいった」


悔しそうな表情を見せる満威と複雑そうな表情を見せる帳羽。満威が話を続ける。カイルは自分のお腹を見ながらさすっていた。


「だから俺たちはクニから離れ、一匹残らず狂獣どもを狩っている。狩るまではクニに戻らないと誓った」

「聞いていないのに随分といろいろ話してくれるじゃない?」


その声はナナミだった。


「そのガキが拍子抜けするようなことをするから、つい話しちまった。余計か?」


本当の猿顔をナナミに向けてきた。


「いえ、話が早いわ!それで気になったのは・・・」


続きを言おうとした時にどこからか腹の音が大きく聞こえてくる。その音の正体をたどるとカイルだった。


「ちょっと!カイル!」

「お腹が勝手に・・・」


そう言うとカイルは解体されていた狂獣の骸を見る。


「しょうがねぇーな!お前らついてこい」

「俺はこれを始末してからいく!このまま放置すれば動物が寄ってきて食べてしまう」


帳羽は解体された狂獣の骸のある所に近づき、周辺を見回した。


「ああ!そうなったら新たな狂獣の誕生だ!」


夕暮れが過ぎて太陽が沈みかけそうな頃の薄暗い森林を突き進もうとする満威の後ろについていくナナミ、アンだったが…。


「さっさといけ!!見失ったら朝が来るまで彷徨うことになる」


カイルは帳羽が後始末をしている様子を興味深そうにジッと見ていたが、後ろから視線を感じてカイルがまだ、1人残っていることに気づいた。


「大丈夫だけど。うーん...そうするよ!早く来てくれよ!」


後を追いかけるカイルはあっという間に薄暗い森林へと溶け込んでいった。まるでカイルという存在がいなかったかのように。その様子を後ろから見ていた帳羽が獣の感覚でそう感じたのだった。

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