38.クライム

 カイルたちはサクリ集落を出て、あの麓の祭壇のある所へ向かっている。ナナミは昨夜、集落の人々に祭壇の向こう側の巨大な山脈のことをアテスの付き添いのついでに聞いていた。神の御教えによって入ることが禁止されているのはサクリ集落でも同じ。かつて飢饉の時に猟をする為に御教えに逆らって入ってしまい、入った者は帰って来ることはなかったという。そういう話を歩きながらカイルとアンに話していた。


「他に道はないのか?」

「一応聞いてみたけど、それ以外は道が険しすぎてまともに前に進めないって」

「閉ざされているなぁー」


巨大な山脈を眺めながらカイルはボヤいていた。すると、カイルの腹の音が鳴る。


「やっぱり、戻らない?この辺食い物なさそうだしさぁー」


後ろを振り向くと、まだサクリ集落が見えている。


「今さら戻ってそんなこと言えない。みっともない!さぁー、行きましょう」


ナナミは前へ進んでいく。その後ろをカイルとアンはついていった。麓の祭壇までは歩いて2時間くらいの距離だが、その間に動物や川、食べられそうな木の実は見当たらない。


「ダメだぁー!」


祭壇まで1時間の距離の所でカイルは立ち止まる。それに気づいたナナミは後ろを振り返りカイルの様子を見て、何をやろうとしているのかに気づいた。


「まさか!?ダメよ。それは」


動物がこの辺にいないので、自ら気配を剥き出して動物をこちらに呼び寄せようとしている。これをロケットに乗ってこの土地に帰って来た時に、迎えを呼ぶべくカイルがこの力を使った時に周りに動物が溢れてしまい、迎えにいったナナミが近づけなくてひどい目に合っていた。


「あれ!?こないぞ」

「下!」


しかし、動物が一匹も近づいてくる気配は無かったが、ナナミに言われて下を見れば代わりに虫が大量に集まっていた。


「しょうがない。これを食べよう」


カイルは狼から降りて虫を掴み、口の中に次々と入れていく。ナナミもやれやれという顔で1匹を捕まえて口に入れるがそれ以上は食べないでいた。カリカリという甲殻類の生き物を食べる時に出る音が聞こえてきて、アンは気持ち悪そうな表情を見せる。


「アンは良いのか?」


アンが1人だけ食べていないことに気づき、声をかけた。


「うん。まだ大丈夫だよ」

「そうか。もう少しで食べ終わるからな」


少しして食べ終わると、再び祭壇のある方向に向けて歩き出す。そこから1時間歩いた後に祭壇がある繁みが見える位置まで来ていた。


「やっぱり、あれだけじゃお腹がいっぱいにならないな」


お腹をさすり、お腹が空いている仕草を見せる。ナナミは繁みの入口、つまり祭壇への入口を指さす。


「あの祭壇より奥へ行けば、本格的な山脈よ。そこで何か捕まえて食べましょう」

「昨日の狂獣ってやつは、まずそうだったな」


そして、カイルたちは昨夜ぶりに再び祭壇のある繫みの中へ足を踏み入れた。そこには日の光が差していて、昨夜の不気味で怖い雰囲気とまるで違っている印象。祭壇のある広場まで歩いていくとあの二人の骨が無残にも石ころのように落ちているのが見える。風が強く吹き込めば、簡単に転がってしまいそうなほどだった。


「あれ、破壊するか?ムカつくからさ」


奥に見えるアテスが贄にされそうになった祭壇と台座。あの祭壇を超えて森林の中に入れば、死の山脈と恐れられているデッドランジに入ったことになる。カイルが言うことに対してナナミは首を横に振った。


「それはアテスがやることよ。日が暗くならない内に登っておかないと」


3人と1匹は祭壇を超えて、デッドランジの森林に足を踏み入れようとしている。その際にカイルを乗せている狼が祭壇の横を通る時に立ち止まり、祭壇をジッと見る。


「どうしたぁ?気になるのか?」


立ち止まったのでポンポンと狼を軽く叩くカイル。すでにナナミの森林の中へ足を踏み入れていた。カイルに叩かれるとすぐに歩き始め、ナナミの後についていく。アンは森林の中に入る前に後ろをふと振り返ると、心地の良いそよ風がこちらに向かって吹いてくるのだった。


                 ※ ※ ※


ー 死の山脈デッドランジ

上に登りながらもひたすら道なき獣道を進み続けているカイルたちはデッドランジの森林の中に入ってから3時間近く経過し、日は沈む方向へ傾いていた。しかし、動物という動物は見当たらず時々、動物の骨が落ちているのを見かける。木の実もないわけではないが、ナナミに毒の危険性があるから止められていた。このデッドランジは山頂付近までは森林に覆われていてそれよりも上は岩肌が続き、強風が吹き荒れさらに所々雪が積もっている。カイルたちが山頂付近に到達するのは翌日くらいという所だった。そして、カイルのお腹が鳴りっぱなしの所に遠くの方からカサカサという音がこちらに近づいてくる。


「やっと飯か?」


お腹が空きすぎてよだれを垂らし、すぐにでも音のする所に近づきそうだったが、ナナミがカイルを手で制する。


「待って!狂獣かもしれない。さっき骨を見たでしょう?」

「俺なら大丈夫。それにナナミの言う通りだよ」


狼から下りるカイルはカサカサする繫みへゆっくりと近づいていくと、その音は止まり静かになる。自分の後ろにいるナナミやアンの方を振り向く。


「向こうに数匹はいる。飛びかかってくるよ」


ナナミは片足のポーチにあるサバイバルナイフを取り出さないまま、構えを取った。その数秒後、一斉に茂みから6匹の醜い狂獣たちが飛び出してきて、近くにいるカイルを無視してナナミのいる方へ狂ったように襲いかかってくる。カイルは自分の気配を森林に”同期”させていた為、狂獣たちはカイルをただの森林に生えている植物と誤って識別していた。声は聞こえるがナナミたちもどこにいるか認識できない。彼のペットである狼を除いては。


「がんばれよ!今のナナミなら倒せるよ」


木の枝に飛び乗りニコニコしながらナナミたちの様子を見下ろしていた。その姿を狼は目でしっかりと捉えている。


「ちょうどいいわ。この力を使いこなさなきゃいけないし」


ナナミは襲いかかってくる狂獣相手にジャンプして蹴りを入れ、数発で2匹を絶命させたりなどした。そうすると残りの4匹はナナミを恐れ、逃げようとするが狂獣たちの身体がビリビリと麻痺したかのようになり、混乱している様子。


「よくわかんないけどチャンス」


すばやく近づき狂獣たちを殺そうとするが、その前に見えなくなったカイルが突然自分の目の前に姿を現したのでナナミは攻撃をやめる。


「カイル!突然消えてどうしていたの?」

「すぐ、そこにいたんだよ」


自分が立っていた木の枝の方向を指差す。そんな会話をしている内に4匹の狂獣たちはカイルの存在に気づき、まず1匹の狂獣が異常に尖った牙の生えた口を開き、かぶりつこうとした。その狂獣を落ち着いた様子で見るカイル。


「あの川にいた魚と似てるんだよなぁー!」


片手を出し、自分にかぶりつこうとする1匹の狂獣の頭に触れる。


「お前らのせいで、お腹が空いているんだ。代わりに食われろ!」


触れられた狂獣は意識が飛び、そのまま下に倒れ落ちてしまう。残りの3匹の狂獣たちは身体をビリビリさせながらこの場から逃げ出すのだった。


「さぁーてと!」


片足に着けているポーチからサバイバルナイフを取り出し、絶命した2匹の狂獣の処理に取り掛かろうとする。


「アン!近くに水がないか探してきて欲しいの」

「俺と行こう!ナナミのを見ていても退屈だから」


そう言って先に行ってしまうカイル。アンはその後をナナミと狼の方を見ながらついていった。オオカミは飼い主のカイルについて行こうとせず、骸になった狂獣を見ている。


「いいのぉー!?この子、連れて行かなくて」


大きな声で呼びかけるが、カイルには届いていなかった。そして、ふと狼の方を見る。


「行かなくていいの?・・・ って 、あなたの名前もまだ決めていない。そろそろカイルに決めさせなきゃね」


独り言のように名前の無いオオカミにしゃべりかける。そのオオカミにとってはナナミの言っていることなどわかるはずなどないが、ふとその視線が合う。


「そうだね。名前が欲しいな。家畜なんだから」


この場にはナナミと名の無いオオカミしかいないのに、聞いたことの無い若い男の声が聞こえてくる。


「誰かいる?」


とっさにサバイバルナイフを構え、あちこち周りを見回し、気配を探るが自分の目の前にいるオオカミしかいなかった。そのオオカミは鳴き声を出し、ナナミから視線を狂獣の骸に移す。


「まさか・・・ね!あなたなの?」


試しに話しかけてみるが返事はないが、一瞬ナナミの方を見るが視線を狂獣の骸に戻した。ナナミはその一瞬で威圧を感じ、自分の身体が硬直したのを体感した。


「やってくれってことね」


サバイバルナイフを握り直して狂獣の骸にサバイバルナイフの刃先がゆっくり入っていくと血液が出てくる。さらに刃先を横に動かすとその量は増して地面にまでボタボタと落ちていく量だった。その血がナナミの手に触れると、ビリッと電気が走る。思わずサバイバルナイフを地面に落としてしまった。


                ※ ※ ※


 アンはカイルに追いつき水を求め二人で山中の獣道を歩き続けていた。少しすると遠くから水の落ちる滝の音が聞こえてくる。近くまでいくと1人が余裕で入れる大きさの滝とその下に川が出来ていて、さらに山の下へ流れているのが見える。しかし、それと同時にアンにとって顔が青ざめる光景も見えてしまった。アンは気づかれないようにとっさに茂みに隠れて様子をうかがう。


「さっきの狂獣たちだ。アンの言霊で眠らせて見るか?」


さきほど戦って逃げた3匹の狂獣たちが滝の下から流れてくる水を飲んでいた。カイルはアンと同じように茂みに隠れることなく立ったまま様子を見ている。狂獣は近くにいるカイルの存在に気づいていなかった。


「怖い。怖いけど・・・やってみるよ!」


それを聞きカイルは笑みを浮かべ水を飲んでいる狂獣の元へ近づこうとする。アンもまぶたを閉じて言霊の詠唱の姿勢をとる。


「ん?何かいる」


何もないはずの滝の方から何かを感じたカイルから笑みの表情が無くなり、アンの元へ下がっていく。


「どうしたの?」


様子が変わったカイルに気づいたアンは詠唱の姿勢を止め、カイルを見た。


「すぐにナナミの元に逃げられる準備をしておいて。何か近づいてくる!」


アンは自分たちが来た道を確認する為に後ろを向く。


「わからなくなっちゃった!」


獣道を歩いてきたのでアンはどこを歩いてきたのかわからなくなってしまった。


「じゃあ、うまく隠れていて」

「うん」


水を飲んでいた3匹の狂獣たちが何かに気づき一斉に飲むのを止めて滝の方へと顔を上げる。


「くる!」


一瞬の静寂の後に滝の中からヒト型の生物が水飛沫と共に飛び出てきた。その生物はまず1匹の狂獣に近づき、首を目掛けて引っ搔く素振りを見せる。その素早さに対応できないまま自分の頭が胴体から離れてしまった。しかし、その頭は攻撃してきた相手に頭のままかみつこうと藻掻くが上から飛んできた矢によって射貫かれたことで絶命する。


「おぉ!」


カイルはそれを見て上空を見上げると翼の生えた人が浮遊しているのが見えた。そして、最初に出てきた生物はすぐに2匹目の狂獣に移る。


「俺が2匹を仕留める。お前は黙って見ていやがれ!」

「指図されるつもりはない。競争にならない」


最初にカイルの前に現れたヒト型の生物は猿人の姿をしており、翼の生えた人は鳥人の姿でお互い人間がやるようなやり取りをしていた。その猿人に1匹目の狂獣が飛びかかってくる。


「グァー!!」


猿人は一旦回避して狂獣の背後に回り、今度は足で地面に踏みつけにして押さえると開いている手を閉じる。それをバタバタと抵抗している狂獣の首に目掛けて切るように右から左へと払うと胴体から首が真っ直ぐに飛んでいく。その飛んでいった頭は滝の下にある川に落ちてそのまま流れていってしまった。


「ちっ!まぁー、いいだろう」


残った胴体が動いているのを見て、その猿人は持っていた短剣で胴体の心の臓を突き刺す。やがて、胴体の動きが止まったのを確認して突き刺した短剣を抜いた。最後の1匹が逃げようとしているのに気づいて猿人はとっさに短剣を投げ飛ばすと逃げている狂獣に短剣が刺さるものの動きが止まらない。


「やっぱりだめだった。俺がとどめをさそう」


上空から見ていた鳥人は逃げている最後の1匹に向かって常人なら目に見えぬほどの速さで飛んでいく。


「すごいなぁー!」


その様子を見ていたカイルは目を輝かせていた。もちろん、カイルにとって鳥人の飛んでいる速さなど当たり前のように目で捉えている。鳥人が逃げている狂獣に追いつきそうになると自分の3本指の片足を狂獣に向ける。そのまま速さで狂獣に足蹴りを食らわせるとその衝撃で潰れてしまった。


「なんかかわいそう!容赦ないよねぇー」


憐みの目で絶命した狂獣の姿を見る。鳥人は絶命した狂獣の胴体に刺さっていた短剣を抜いて、猿人のいる方に向けて投げ飛ばした。それを片手でキャッチする猿人。


「最初と最後は半々。1匹は俺がやったから今日は俺の勝ちな?」

「ああ。お前が勝ったのは久しぶりだな」

「うるせぇーよ!!」


絶命した狂獣の首と胴体を一か所に集めると二人は何もいないはずの同じ方向へ一斉に向く。まず、声を出したのは猿人だった。


「いつから気づいた?」

「水を飲んでいるあたり。お前は狩っている時だな」

「気になってよ。集中出来なかったぜ。あれがいて」


何もいないはずのところに威圧を放つ猿人。


「出てこい!こそこそ見やがって。それと・・・」


すると、繁みから怯えた様子で赤い髪の少女が出てくる。それはアンだった。


「ご・ご・ごめんなさい!」

「人か?下から来たのか?」


出てきたアンの姿を鳥人は上から下まで観察するように見た。一方、猿人はイライラしている様子。


「お前じゃねぇよ!もう、バレてんだぁー!!」


すると、イラついている猿人の視界にいなかったはずの少年の人間が突然、姿を現すのだった。少年は笑みを浮かべている。


「見えているかな?お猿さん」


実際に見えているかどうか確かめる為に猿人に向けて手を振った。


「お前だ!お前にずっと見られていたんだ。お前は誰だ?」

「俺か?俺はギョペのカイルだ!」


カイルは猿人の横を通り過ぎ、猿人の威圧にあてられ怯えているアンに近づいていった。

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