37.新たな統領②
長い夜が続いたが、集落の辺りの空は徐々に青色から水色に変わり明るくなってきたのがわかる。鳥のさえずりも聞こえてきた。広場にはまだ集落の民は来ていない。その広場の地面に座りまぶたを閉じていた狼は明るくなると共に再びまぶたを開いた。気が付けば自分の寄りかかりグウグウ寝ていたカイルがいる。そして、そのカイルの頭に鳥がどんどん止まってくるが、それで目を覚ます様子は見られなかった。チュンチュンうるさかったのか狼はその鳥たちに視線を向けると、視線を感じた鳥たちは一斉に飛び去ってしまう。
「やぁ!あまりいじめるなよ。名前は・・・・まぁ、後でいいや」
カイルが目を開けると狼が何をやったのか理解をした。この狼にまだ名前をつけていなかったのを思い出したので、名前をつけようとするが、アテスとナナミがまだ来ていないことに気づいたので後回しにした。
「アテスちゃんとナナミはどこだ?うーん。まだ、寝ているんだなぁ」
集落一帯にある気配を探り、二人の居場所を感じ取り、寝ていることがわかった。そして、辺りはどんどん明るさが増していき、日の光が集落に入り込む。やがて、アテスとナナミが一緒に広場にやってきた。特にアテスはあくびをしながら入ってくる。
「結局、ちょっとした眠れなかったわね。あくびしているけど大丈夫?」
「少しでも寝れば違うわ。あなたの方こそあんな激しいことをやって疲れていないの?」
「訓練してきたから身体が慣れているからへいき、へいき」
元気な顔でアテスに答えた。気づけば集落の民も広場へとどんどん集まってくる。
「ナナミ!俺はアンを連れてくるよ」
「わかったわ。でも、あまり無理はさせちゃだめよ」
手を挙げて合図しながら、アンを起こしに広場から離れていった。数分してからカイルはアンを連れて広場に入ってくる。その頃には集落の民のほとんどが集まっていた。もちろんアテスと統領の座を争う中年の男と取り巻きたちもいて、ナナミは中年の男が広場に入ってくる時には睨みつけている。向こうはそれに気づくとニヤニヤした表情を見せた。
「みんな集まったから始めるわよ!いい、アテス?」
「うん」
二人は再び石積みで出来た台の上に立って集落の民を見回した。すると、中年の男もこちらに意気揚々とやってくる。
「アテス!!邪魔だ。横に詰めろ!」
「乱暴はやめて!乱暴なあなたにこの集落は任せられないわ!」
エメラルド色の瞳が中年の男を射貫くかのように見すえた。
「くそガキがぁ!小娘が調子に乗りやがって。俺が統領になったら覚悟しろ」
「それはあなたよ!」
お互い睨みあっていると、ナナミが二人に顔を向け、特に中年の男に対して無意識に威圧をかける。
「二人ともそこまでに!彼らがあなたたちを決めるから」
「ああ」
ナナミに無意識な威圧を向けられ一瞬恐怖感を感じた中年の男はそれに逆らう気になれなかった。それを見ていたカイルは独り言を言う。
「気づいていないのか?力に飲み込まれなきゃいいんだけど」
狼もその様子をじっと見ていた。そして、ナナミは空を見上げ、日が昇りきったことを確認する。
「みなさんよろしいでしょうか?早速、新しい統領を決めていきたいと思います。目を瞑って下さい」
アテスたち以外は次々と目を瞑り始める。ナナミはカイルの方に顔を向けた。
「カイル!アンと手分けしてみんながしっかり目を瞑っているか確認して」
そう言われ笑顔で手を挙げるカイルはアンに近寄る。
「俺は左でアンは右を見て。あれも忘れずにな」
「うん!向こうだね」
うなずきアンは右へ、カイルは左の方へしっかりと目を瞑っているかどうか見回りにいく。だいたいの人が目を瞑っていることを確認したがカイルは見回っている内にふとあることに気づいた。
「ナナミ!」
「うん!なに、カイル?みんな目を瞑った?」
「違うよ!子供も目を瞑るのか?」
カイルの言っている意味を理解したナナミは少し考え込む。その考え込んでいる様子を不思議そうに見るアテス。
「どうしたの?」
それに対してあることを聞いた。
「私の落ち度なんだけど、この集落では生まれてから何年で一人前の扱いをされる?」
「15歳以上よ。そうでしょう?」
アテスが目を合わさず質問を向けたのは隣に立っていた中年の男。その男は苛立ちを見せる。
「ああ!さっさと始めろ」
その苛立ちに対して言葉を出さずに再び睨みを利かせると、それ以上何か文句を言ってくることはなかった。
「追加です。生まれてから15歳までになっていない子は座って下さい。私が良いというまでは立たないように」
15歳までになっていない子供をカイルとアンは座らせていく。それが終わるとカイルは手を振り、合図を送った。
「では!みなさん目をしっかり閉じてください。これはみなさんの1人1人の意思を示す為です・・・」
集落の民たちが周りに合わせて手を挙げることを防ぐ為のナナミが考えついた対策だった。そのままやってしまうと、中年の男が威圧して、集落の民が怯えてしまい中年の男を選びかねない。それでは公平に統領を選べないと推測したからだ。ナナミはしっかり目を瞑っているか全体を見回してから統領決めの票決に入る。
「みなさん瞑ったようなので、統領決めをします。彼が統領になるべきという人はそのまま立っていて下さい。逆にアテスが統領になるべきという人は座って下さい」
集落の若い人間を中心に座り始める。それに続いて中年の女性たちも座り始めた。立っているのは一部の中年の男たちと老人たち。ナナミは集落の民たちに動きが無いのを確認した。
「おまえらぁー!!この小娘を選ぶっていうんだな!」
若い人たちの行動を見て、中年の男は怒りがこみ上げいきり立った。
「ちょっと!黙って。これ以上妨害するならアテスが統領よ」
今まで我慢していた感情が最高潮に達すると、隣にいるアテスに殴りかかろうとする。
「うるせぇー!この集落のことを部外者が仕切っているんじゃねぇー。統領は俺なんだよ。前からそう決まっているんだぁー」
ナナミが中年の男の拳を片手で押さえ、そのまま投げ飛ばし身体ごと強く押さえこんだ。抵抗するがナナミの力に逆らえない。
「反応が前より早い」
カイルはアテスを守ろうとすぐにでも間に入ることが出来たが、ナナミは既にそれに気づいていたようなので任せることにした。集落の民たちは何事かと目を開き、目の前の様子を目の当たりにする。ざわざわし始めた。
「大人しくしなさい!使い物にならない身体にされたい?」
中年の男に低い声を向け、押さえつけを強めていく。その時、ナナミの瞳孔は開いていてやがて、押さえつけている男の関節の音が鳴り始めた。
「ナナミ!それ以上はやめよう」
そう言いながらナナミの元にカイルが近寄っていった。
「イタイ!お前ら、こいつを引きはがせ」
中年の男の取り巻きたちはナナミから出ている雰囲気に飲まれて、近づけないでいる。
「役立たずめ!」
「さぁー、まだ続ける?みなさん、この男を統領として受け入れますか?」
その問いに対して、集落の民は無言だった。中年の男を押さえこんだままナナミの発言は続く。
「もう一度目を瞑って下さい。この男が統領として相応しいと思う人は、立ったままでいて下さい。そうでないなら座るように願います」
目を瞑ると、ほとんどの民がそのまま座り始めた。座っていないのは取り巻きと一部の中年の男たちと老人たちだった。民たちに動きが無くなると、最終的な確認に入る。
「心変わりはありませんね?では、数えるまでもなく多数の人たちが座っているので、アテスをこの集落の統領とします」
「おまえらぁー!こんな小娘のガキを選んだことを後悔することになるんだぁー」
ナナミに押さえこまれながらも、集落の民に向けて中年の男は怒声を挙げた。それに対して口と鼻を片手で塞ぐ。やがて、苦しくなりバタバタし始める。
「殺しちゃうのかぁ?」
カイルがナナミに聞いた。
「いえ!寝てもらうわ。こいつをどうするかはアテスが決めるから」
もう一度中年の男のもだえ苦しむ様子を見るカイル。目の方を見ると血管が浮き出ていた。
「いや、このままだと死ぬんじゃないか?俺がやる」
中年の男のお凸に自分の手を乗せ中年の男を見つめる。手を乗せられた本人はカイルを睨みつけようとするが、目を合わせられない。
「どういう・・・だ・・・」
だんだん意識が薄らいでくるのがわかった。
「しばらく寝ていてくれな」
その言葉の数秒後、バタバタしていた中年の男は気を失い、大人しくなる。それを見て、ナナミは押さえこみを解き、立ち上がる。
「私もカイルみたいに出来れば良いのに」
「前にも出来るような気がして、やってみたら出来たんだ」
以前、ギョペ集落の統領とのやり取りを思い出す。その話をした時、統領は少し考え込んでいた。
「あいつにこのことを聞いたら、自然と繋がっている人間じゃないと出来ないって」
それから、集落に帰ってきたアテスを最初に出迎えた中年の女が何かを布に包んだ形で大事そうに持ってきた。その中身が何かをナナミは理解する。
「翆玉ですね。みなさんがいる前で継承しましょう」
「どこの集落にもあるんだな。それ」
カイルももちろん知っている。翆玉は集落の統領である証で、かつて神から授かったものが代々統領になったものに受け継がれてきた。翆玉を運んできた中年の女が石積みに上がる。
「みなさん!翆玉をアテスに継承する儀を始めたいと思います・・・」
集落の民たちが石積みの上に立っているアテスたちに再び注目する。ナナミは言葉を続ける。
「しかし、継承するにはシャーウーでなければなりません。しかし、この集落にはもうおりません。なので、私たちがいた集落のシャーウーの見習いのそこにいるアンが代わりを行います」
アンに片手を向けて紹介するナナミ。アンは突然のことでびっくりしてオドオドしてしまった。視線が一気に集まったので、どうしていいかわからない所にカイルがいつの間にか目の前にいる。
「さっさと終わらせて、ここを出よう!」
そう言いながらアンの手を引き、人のいる所を自然にすり抜けながら石積みの方に連れていった。
「大丈夫!これは見習いだったあなたにしか出来ない役目なの」
手を差し伸べアンを石積みの上に上げようとするナナミ。
「うん!」
その手を取り、石積みの上に立つと、翆玉が包まれた布をゆっくりと開き始める。露わになったのは鮮やかで澄んだ薄い緑色の玉。それをアンは手に取ると、緑色の部分が反応して濃くなった。そのままアテスに手渡し、アテスが片手で受け取り、集落の民に向けて見せる。それは集落の統領になったことを示すものだった。
「降りるよ。アン!」
石積みの上に立っていた中年の女はアテスが翆玉を受け取ると速やかに降りていく。それがどういうことか気づいたナナミはアンと一緒に直ぐに降りた。石積みの上に立っているアテスを見上げて言う。
「私たちが出来ることはここまで。後は統領になったあなたよ。頑張って!」
ナナミは予め持ってきていたリュックを片方の肩で背負い、集落の出口へ歩いていく。その方向にカイルが狼にいつの間にか乗って待っていた。
「じゃあ、いくぞぉ!また、会おう。アテスちゃん」
笑顔でアテスに手を振ると、出口の方向に向かっていく。
「またね!」
一言別れを告げ、駆け足でカイルとナナミについていったアン。アテスは3人がここから離れていく後ろ姿を見て、エメラルド色の瞳から涙が流れていく。息を肺一杯に吸い込んでからそれを声に乗せて放出した。
「あなたたちには感謝しきれない。本当はあなたたちと一緒に行きたかったけれど・・・」
息継ぎをしてから、言葉を続ける。
「私はここを守るわ。本当にありがとう!」
すると、カイルの乗っている狼が歩みを止めると、カイルは後ろを振り向く。少し息を吸ってからそれを声に乗せる。
「アテスちゃーーーん!もっと息を鍛えようなぁー」
笑顔な顔でアテスに手を振った。ナナミはびっくりした顔で注意する。
「ちょっと!感動の場面が台無しじゃない。アテス!気にしないでね」
再び出口の方に向かって歩いていく。
「うん。参考にさせてもらうわ・・・」
カイルの思わぬアドバイスのおかげで涙は止まり、何とも言えない顔でアテスは3人の後ろ姿を眺めていた。そして、その後ろ姿が見えなくなると、表情が引き締まりカイルによって気絶させられた中年の男を見下ろした。
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