36.新たな統領①

 統領とシャーウーを失った集落に、集落の男たちとカイル一行が戻ってくる。集落には集落に残っていた女たちと子供たちがいた。男たちが返ってくるのがわかると屋内から出てきて出迎える。そして、出迎えた中年くらいの女の1人が贄の結果を強面そうな男に尋ねる。


「どうだった?うまくいったの」


男は低い声出す。


「それがだな・・・」


すると、胸を張って正々堂々と集落の中に入ってくる少女がいた。その姿を見た集落の女たちは幽霊を見たかのように驚愕してしまう。


「アテス!!」

「どういうこと?どうなっているの。説明して」


アテスがそのことを言う女に近づいていく。


「おばさま。私が説明するわ。それと集落の女たちをすべて広場に呼んで貰いたいの?」


この女とは血が繋がっているわけではないが、集落にいる人間はそれほど多くないので、家族のように身近な関係に自然となる。アテスにそう言われたその女は男の方を見る。


「お前の言いたいことはわかる。今はアテスの言う通りにしてくれ」

「呼んでくるから広場で待ってなさい」


その中年くらいの姿をした女はアテスに向かって険しい表情を見せながらそう言い、集落の奥へ歩いていく。他の集落の男たちが少し遅れて次々とサクリ集落に帰ってきた。最後にカイル一行が集落の中へ入っていく。カイルは相変わらず狼に乗っていた。


「今日はその辺で寝なくて済みそうだな!」

「この雰囲気を見れば、それどころじゃないでしょ!」


能天気な顔をして言うカイルにナナミは注意した後に溜息を「ハァー!」と吐く。


                 ※ ※ ※


 それから集落の民が集落内の広場に集まった。「どういうこと?」というようなひそひそ話が聞こえてくる。ナナミとアテスが広場の石積みで出来た台の上に立ち、ナナミが口を開いた。


「よそ者の私から新たな統領を決める為の案を出したいと思います。それは統領になりたい人を皆さんが手を挙げて、手を挙げた方が多い人を新たな統領にするというものです」

「冗談じゃない!男で年長の俺が統領だ。今までそうやって統領を決めてきたんだ」


さきほどの威張っている中年の男が石積みの台にいる二人に勢いよく迫り、声を荒げた。


「そうだねぇー!やり方を変えるのは、ご先祖様に申し訳ない」


アテスにおば様と呼ばれていた中年の女が複雑な表情を見せている。


「ですが、あのお二方は神の裁きを受け、狂獣様の糧となられました。やり方を変えよという啓示ではないでしょうか?」


集落の民が集まっている後ろで狼の背中に乗って、やり取りの様子をニヤニヤしながらカイルは眺めていた。


「なるほどぉ!」


すると、中年の男が前に出てきて、集落の民を睨むように見渡す。


「おい!統領は俺で良いよな」

「嫌です。乱暴なあなたを統領として受け入れられません」


1人の青年が声を上げた。すぐさま、中年の男はその青年にその辺に落ちていた石を拾い、投げつけようとしたが、ナナミにその手をつかまれてしまう。離そうとしても離れない。それほどナナミの掴む手がその男の手の力より強かった。


「また乱暴ですか。彼にこれ以上するなら、このまま腕を砕く」

「イタイ!離せぇ!」


睨みつけるナナミは腕を掴む手を強めていく。中年の男の腕には激痛が走り、苦しそうな表情を見せる。


「わかった!やめてくれ」


そう言ったので信用は出来ないものの、掴んでいる手をそのまま一気に下に引いて、身体ごと地面に落とさせた。ナナミの手が腕から離れたが、腕の痛みは消えていなかったのでその部分を自分の手で押さえている。


「私の言ったことはこの男の名乗り上げを否定するものではありません。それと同時に皆さんも統領に名乗り上げることが出来ます。どうでしょうか?みなさん」

「その前に私から話しておきたいことがあるの」


ナナミの隣にいたアテスの声だった。一歩前に出る。


「贄になるはずだった私がなぜ、こうしてここにいるか?気になっているでしょう」


ここにいる集落の民は全てを聞いた。贄は神に選ばれたものではなく、シャーウーが自分にとって気に食わない人間を選んでいたことも。アテスの話が終わると集落の民は動揺する。


「そんな!私たちのシャーウー様が」


若い女性が言った。


「神の名で俺たちを騙していたのか?」


別の中年の男が言った。


「これから私たちはどうしていけば?」


老年の女性が言った。


「二人がいなくなったこの集落を導けるのは俺しかいない。狂獣様が来たらどうする?男である俺しかやれない」


そう言いながら地面から立ち上がった。


「また、贄を出すの?いつまで女たちが犠牲になるの」

「他にはいないようですね。この二人の中から次の統領を決めるということで問題ありませんね。問題がある人は手を挙げて下さい」


一旦、この話をまとめようとした。集落の民は周りを見たり、コソコソ小声で話を始めるがしばらくして結果、手が挙がることはなかった。


「お前らぁ!!こんなガキがこの集落を守っていけると思っているのか?」


すると、ナナミによって足を引っかけられて転ばされる。ナナミは中年の男を見下ろす。


「統領の決め方が私の案に決まった以上は女、年下といえども対等な関係になります。あなたはアテスさんを尊重しなければならないのです」


そして、一方でアテスの方を見る。


「あなたも同じよ。こんな乱暴な男でも、決まるまでは尊重しなければならないの」

「うん!」


顔をコクリとしてうなずいた。カイルの方を見ると、狼の背中に乗ったまま気持ち良さそうに寝ている。アンはさっきから小さい声でブツブツ何かを唱えていた。良く聞こえないが所々で「アテス」という単語がよく出てくるのがわかる。


「では、早速この二人には統領になる決意を語って貰います。そして、朝の日が登った頃にこの集落の統領になるべきという人にみなさんが手を挙げて、手の多い人を新たな統領とします。よろしいですね?」


最後の言葉はアテスと中年の男に向けられたものだった。


「いいわ」

「本当にこれでいいのか?おまえら」


ナナミに一言返事するのではなく、集落の民に向かって声を荒げた。


「みんなで決める方が後腐れがなくて良さそうじゃないか。みんなそう思わないかい?」


アテスからおば様と呼ばれている中年の女が口を開いた。男から女からと賛同するような声が聞こえてくる。


「そうね!」

「そうだな!」

「あの女のやり方はもう懲り懲りだ!」


あの女とはこの集落のシャーウーのことだった。


「おい!!誰だ?シャーウー様を侮辱したのは」


声の発信源を特定すると、その男の胸倉を掴もうとするが、ナナミに腕を止められる。


「この人を罰するかどうかを決めるのは新たな統領です。もう、統領になったつもりですか?」

「もういい!おまえら」


手で止められた腕を振り払い、十数人の男たちを引き連れて集落の奥へ行こうとする。


「みんなに決意を話さなくて良いんですか?」


大きな声で呼び止めようとするが、ナナミの声が聞こえていないのか中年の男はそのまま奥へ行ってしまった。その後をこちらを気にしながらも男たちはついていく。その様子を見てナナミはアテスの肩をポンと叩いた。


「まぁいいわ!さぁー、みんなに向かってアテスの決意を語って」


この広場に残った集落の民たちはアテスに視線を向けている。それがわかったアテスは唾を重くゴクリと飲み込んでから一歩前に出ていく。さきほどの祭壇での恐ろしい体験を振り返ってから、改めて覚悟を決めた。


「この集落から贄を無くし、理不尽な神による掟を拒絶します。狂獣様いえ狂獣と戦い私たちは私たちの穏やかな営みを確保しなければなりません。みなさん、狂獣達に怯え、命を宿せる女を贄に差し出す営みは終わりにしましょうよ...」

「でもよ。そんなわけには。神を怒らせたらこの集落は滅ぼされるんじゃないか?」


アテスの決意表明を聞いていた青年が不安そうな顔で疑問を向けてきた。アテスはその青年に視線を合わせ答えを放つ。


「私がこうして今もここにいるだけで、もう神の怒りに触れているの。今回は私の代わりにシャーウー様が贄になられたけど、満足しないでしょう。肉に飢えた狂獣たちはデッド・ランジから降りて来て動物たちを襲うわ。だから今まで若い女たちを贄に出して防いでいたけど、それを私でやめたいの。これからは私があなたたちを導きます」


決意表明が終わり、集落の民たちはそれぞれの住処に戻っていくのだが、その前にナナミが明日の統領決めの説明を始めた。


「明日の日が昇りきった頃にここに再び集まって下さい。手を挙げた数が多い方を新たな統領としますが、問題ないですね?」


反対の声が特に上がらなかったのを確認すると、散会になり集落の民たちは住処に戻っていった。しかし、戻り際に集落の民である男たち二人がこんな会話をしている。


「いいのか?俺たちはよそ者にこんなに仕切られて」

「ああ。でも、よそ者たちが来たおかげでシャーウーの婆から解放されたんだぜ。俺たちは…」


そして、集落の広場から人がいなくなると、残ったのはアテス、ナナミ、地面に足を屈しているアン、狼の上で寝ているカイル。そのカイルは目を覚ますと、狼から降りる。


「やっと終わったか!で、どうだい?アテスちゃん」

「明日になってみないとわからないわ。みんなが私を選んでくれるかどうか」

「さっきも聞こえたけど、残ってくれたみんながあなたを選んでくれるとは限らない。これからあなたの支持を固める為に期待できそうな住処を回りましょう」


それに対してアテスは「うん!」とうなづき、二人は住処の方へ歩いていく。二人の後ろ姿を見てからカイルは狼に向き直る。


「お前は寝てていいぞ!僕はアンを寝床に連れて行くから」


地面に足を屈して、疲れている様子のアンをおんぶし寝床に連れていこうとする。


「アン!大丈夫?僕の背中に乗って」


うなづいてからカイルの背中に乗ると、直ぐに気持ちよさそうに寝てしまうアンを見てから寝床の方へ歩き出していく。その様子をジッと見つめていた狼は二人が見えなくなると地面に座りまぶたを閉じた。

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