35.生贄からの決意②
シャーウーと統領は数匹の狂獣たちのよってあっという間に喰われ、骨になりつつあった。アンもアテスの首の辺りに両手をかざして治療しつつ「ムシャ!ムシャ!」という音が耳に入ってくる。それが気になり、様子を見てしまうと吐き気に襲われ吐いてしまっていた。ナナミもなるべく見ないようにしている。カイルはというと、その様子を腕を組み真顔でじっと見ていた。
「よく平気ね?」
ナナミがアテスを介抱しながらカイルに聞いた。
「ナナミにしては意外だよ!」
「他の動物は平気だけど、自分と同じ人が喰われている姿はあまり見れるものじゃないわ」
すると、「ムシャ!ムシャ!」という音が無くなると、カイル達のいる後ろを振り向き、口からよだれをたらす。
「まだ、足りないのか?贅沢な奴らだなぁー!」
狂獣たちが近づいてくる。視線はアテスを向いていた。それを見た集落の男たちはざわざわし始める。
「どうするんだ?」
「お二方はもう死んでしまった」
「狂獣様はやはり若い女の身体でないと満足されないようだ」
集落の男たちは意見が一致したかのようにアテスに視線を向けた。
「狂獣様にアテスを差し出せ!」
集落の男たちの中から中年のリーダー格の男が前に出てきた。
「ダメよ!アテスを奪うなら私があなた達を倒す」
ナナミは立ち上がり、集落の男たちの方を向いて、戦う構えを取る。
「その人数はナナミにはちょっときついかもな!」
カイルが近づいてくる狂獣たちの様子をぼんやりな顔で見ながら言った。そして、とうとう狂獣たちが一斉にカイルに襲いかかろうとするが、カイルは口をニヤッとさせ、そこから自分の片足を使って、地面を「ドンッ!」と一回叩くと、狂獣たちの態勢が崩れた。
「狂獣様になんてことを!」
「バカなの!あなたたちの統領もシャーウーもあの狂獣たちに喰われているのに。その内、あなた達も喰われるのよ!」
ナナミは集落の男たちの思考に呆れた顔を見せる。
「だから、アテスを教えの通り贄に差し出さなければならないんだ!」
「頭がどうかしているわ!」
「うるさい!よそ者が口を出すな。やっちまえ!」
男の1人がナナミに怒り、殴りかかろうとした。しかし、ナナミに足を掛けられ、首根っこを掴まれてしまう。
「下がりなさい!!」
集落の男たちを睨むナナミ。男に続こうとしたがその威圧感に思わずたじろいでしまった。
「カッコイイな。ナナミ!」
カイルが笑みを浮かべ、ナナミを茶化すように言った。
「そっちはどうなの?カイル!」
「言わなくてもわかるでしょ!」
狂獣たちは態勢が崩されたことで、怒り狂って今度は飛び掛かろうとする。祭壇の後ろに広がっている山林の方から、一匹の狼の遠吠えが聞こえてくると繁みから「ガサガサ!」という音が聞こえ、やがてその姿を見せた。それに反応し祭壇の方向を振り向いたナナミがその正体を見て驚く。
「オオカミ!」
その姿は狼のもので体長は人が乗れるくらいの大きさだった。すると、その狼は狂獣たちに威嚇し始める。プレッシャーが強く、狂獣たちは飛び掛かるのを止め、身体をブルブル震わせている。
「何か見られていると思っていたら、お前だったのかぁー。面白いやつだぁー!」
カイルは笑みを浮かべたまま、狼の様子を見ていた。
「狂獣の仲間じゃないみたいね」
ナナミはそのプレッシャーに思わず唾を「ゴクン!」と飲み込み、後ずさりしてしてしまう。そして、狼はさらに狂獣たちに威嚇を畳み掛けると、それに恐れて急いで山林の中へ逃げていった。
「よし!決めた。お前を面白いから連れていくぞ」
カイルはいつの間にか狼の背中に乗っていた。狼に嫌がる様子はない。
「いきなりどうして!大丈夫なの?」
唐突なことにナナミは訳がわからない様子。狂獣を追い払ってしまった存在で狼の姿をしているが得体が知れない。何よりナナミはこの世界に来て初めて狼を見たからだ。とは言っても元の世界でも狼は希少な為ほとんどみたことがない。
「俺たちを襲う様子はないし、俺、こいつに興味持ってさぁー!まぁー、俺がいるから心配するな」
笑みを浮かべ、狼の頭をポンポン叩いていた。威圧感はもうなくなり暴れることはない。そして、アテスが目を覚まし、上体を起こす。
「だ・・・大丈夫!」
アテスを手をかざし治療していたアンが気づき、声をかけた。アテスは辺りの様子を見回す。
「統領とシャーウー様は?後、狂獣様はどこに?」
周りの状況を飲み込めていない様子のアテス。
「進めぇー!!」
カイルが狼のお尻を手でポンポン叩き、狼に乗りながらアテスのいる方へ近づいていく。
「いつの間にか手なずけている。この狼は野性のはずなのに聞き分けが良すぎる。相当珍しい」
ナナミはカイルの能力に呆れながらも狼の様子をじっと見ていたが一瞬、目が合う。
「・・・」
そのわずかな一瞬で圧し潰される感覚に襲われ、動くことが出来ず黙るしかなかった。そして、カイルがアテスに近づくとカイルはとある方へ指を指す。
「アテスちゃん!あそこだ!」
指を指したのは、少し肉片のついたままの骨が地面に転がっている所だった。それを見てアテスは統領とシャーウーがどうなったのか想像出来た。
「二人はもういないのね!狂獣もいなくなったみたいだし」
「狂獣とやらはコイツが追い払ってくれたんだ」
「え!」
すると、今になってカイルの乗っている狼の存在に気づいて、驚いた。それからアテスは立ち上がり、まず、その骨が転がっている所の前にたつ。骨から放たれる匂いの臭さに我慢しながらも考え込むかのようにじっとみつめ、その後、自分が贄にされかかった祭壇を見た。それを見て、カイルはあくびを出してしまう。
「カイル!そういう空気じゃないでしょ」
ナナミがカイルに注意した。
「俺、KYってやつ?」
「そうよ!もう少し待ってなさい。アテスが何か言うはずだから」
やがて、アテスは後ろを振り向き、口を開く。
「あの二人はもういません。シャーウーは神の教えに反し、自分の都合のまま贄を選んでいた。私の母もその犠牲に。そして神はとうとう、二人を罰せられ、贄になるはずの私を生かされました・・・」
アテスは口の中に溜まっていた唾を飲み込み、一息ついてから、強い眼差しで、声を出す。
「私は神のご意思に沿い、サクリ集落の統領になろうと思います!!」
カイルはアテスを見て、笑みを浮かべ、ナナミとアンは目を見開き、驚いている様子。一方、出入口辺りにいた集落の男たちはそれを聴いて、怒りではらわたが煮えくり返っていた。その中でさきほどの中年ぐらいの男が声を上げる。
「アテス!!なに勝手なことを。女は統領にはなれない」
さらに、もう一人の中年の男が怒りで表情でそれに続く。
「冗談ではない!!お前など統領として認めない。次の統領は我ら男の中で決める!」
などと、他にも集落の男たちから様々な声を浴びせられた。
「そうですか!なら、あなたたちは神の采配、ご意志に逆らうことになりますよ。罰せられる覚悟があるのですね?」
アテスは集落の男たちに睨みつけながら警告した。集落の男たち、特に集団の後ろにいる若い男たちは息をのむ。緊張している若い男たちの雰囲気に気づき、アテスがそちらを見て口を開く。
「このままあなた達も一緒に罰を受けたいの?でも、私たちの歳でまだ死ぬべきではないと思う。だから、神に生かされた私の所に来て欲しいの」
「黙れ!アテス。お前ら聞く耳を持つな!!」
リーダー格の中年の男が若い男たちに向かって拳を見せつけ、威嚇した。すると、アテスが視線を鋭くし、珍しく低い声を出す。
「もう一度言うわ。私は神に生かされているの。そして、神のご意志を自分の都合の良いままに利用したあの二人、特にシャーウーは神の怒りに触れて罰せられて死んだの。このままだとあなたたちも同罪と見なされるわ。さぁー、どうします?」
「中々なはったりだな。アテスちゃん」
カイルはアテスの様子をぼんやりとした表情で言うと、すかさずナナミの声が飛んでくる。
「声が大きい!聞こえたらアテスが殺さてしまうのよ」
「あちゃ~」という顔で慌てて自分の口を自分の手で押さえた。カイルが乗っている狼は特に反応を見せず集落の人々のやり取りをじっと眺めている。
「僕はアテスについて行きたいです」
集落の若い青年が不安な表情を見せながらも、声を上げた。それに対してもう一人の中年の男はその青年に近づき拳骨を入れる。
「未熟なガキは黙って俺たち大人に従っていれば良いんだ!生意気なことをするんじゃない」
さらにもう一人の青年が前に出てきて声を上げる。当然、その青年は拳で威嚇を受けた。
「こんなことになってもう大人を信用出来ません」
「黙らねぇーか!この」
ゴツンと拳骨でもう一人の青年が殴られてしまう。さらにそこから腹に足蹴りを入れられた。
「やめなさい!!それがあなたたちの答えということですね。私についてくる人はこの男を・・・」
声を荒げるアテス。荒ぶるアテスを初めて見たナナミはきょとんとしてしまう。
「アテス!!勘違いするなよ。このくそメスがぁー」
もう一人の中年の男の暴力がアテスに向けられていようとしていた。
「やれるものならやってみなさい!あの二人のようになりたいならね」
無残に白骨になってしまった統領とシャーウー。地面に転がっていたその骨を使って笑みを浮かべながら遊んでいたカイル。しかし、アテスを許せないもう一人の中年の男は気にせず殴りかかろうとしていた。ナナミはカイルの様子に呆れながらも、さすがに「まずい!」と反応を見せる。
「ちょっと待ってください!提案します」
素早い動きでアテスともう一人の中年の男の間に入って止めるナナミ。この動きは集落の人間には追えないほど速い動きでエンゼビリティーによる基礎的な能力が影響していた。
「どけ!!よそ者」
アテスを殴りかかろうとしている拳を手首を掴んでそのまま地面に落としたナナミ。地面に拳をぶつけられた中年の男は痛がっている様子。
「大人であるなら暴力で使わず、まずは話を聞いてください!」
アテスの方を向いて、ナナミは口を開く。
「アテス!無茶し過ぎよ」
「提案って?私が統領になると決めたの。あの人たちに任せるわけにはいかない」
「邪魔をするの?」という疑いの視線をナナミに向けるアテス。さすがのカイルも、骨で遊ぶのを止めて、ナナミを方に視線を動かす。
「協力よ!だから私から提案したいと言っているの。お互いの為にね」
「話を聞こうじゃないか。よそ者」
アテスとナナミを睨み、手の甲をもう一つの手で押さえながら話に入ってきた中年の男。
「まずは、場所を集落に移しましょう。いつまでもここにいても良い事がなさそうですから」
「ええ!」
先ほどと違って落ち着きを取り戻している様子のアテス。
「帰るぞ!!お前ら」
リーダー格の中年の男はどうしていいのかわからない集落の男たちに声をかける。もう一人の中年の男に反抗した青年二人はアテスの後ろに控えた。その二人に声をかける。
「いきましょう!あなた達を護ってみせる。でも、あの人次第かもしれないけど・・・」
集落に向かって一斉に動き始め、祭壇の場所から次々に出ていく。最後に出ていったのはカイルと狼だった。
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