34.生贄からの決意①
ー麓の祭壇
生け贄となったアテスはシャーウーの言霊で祭壇から身動きが取れず、狂獣に喰らわれるのを待つだけとなった。祭壇の後ろにある繁みからガサガサという音が聞こえるとやがてその姿を見せる。ハイエナのような四足歩行で牙が発達している生物が繁みから出てきて、祭壇に乗っているアテスの様子をすぐに喰らうことなく様子を伺っていた。アテスは言霊の縛りで顔を動かすことが出来ず、その生物の様子を見れない。得体の知れない恐怖しか無く目を瞑り死を覚悟していた。
「(早くして!このままは辛いの)」
アテスにとっては得体の知れない生物のうろうろする足音と鳴き声が近くで聞こえるだけだった。そして、その生物、狂獣が大きな鳴き声を出すと祭壇の後ろの繁みから次々と同種類の狂獣が出てきて、アテスの寝ている祭壇を囲む。
「(早く私を食べて!)」
鼻息が荒いアテスは極限の緊張状態だった。そして、その狂獣たちが口を開けアテスを覗き込む。それに気づいたアテスは目を開けてしまい、その狂獣を見てゴクンと唾を重く飲み込んだ。
「(いよいよね!さよなら。もっと生きたかったなぁ。でも、これで二人の元へ・・・)」
再び恐怖で目を瞑り、一匹の狂獣の開いた口がアテスの顔の上を覆っている。やがて、それが下に落ちようとした時だった。周辺の木々がカサカサと揺れると、いつの間にか1人の人間がアテスを喰らおうとした狂獣の首根っこを片手で掴んでいた。
「間一髪ってやつだな!」
その声はカイルのものだった。それがわかるとアテスは目を開いた。しかし、声を出すことは出来ない。カイルは掴んだ狂獣の首を自分に寄せ、狂獣の耳元に自分の口を近づけた。
「やめろぉー!!」
すると、その狂獣は混乱した様子に見えるが、他の狂獣はアテスを喰らおうとしている。
「アテスちゃん!動ける?」
アテスのエメラルド色の瞳にただ見つめられるだけだった。
「そうか!言霊・・・。あのシャーウーかぁー。しょうがない!」
カイルはすばやくアテスの身体を担ぎ、祭壇の周りにいる狂獣達から瞬時に移動して離れた。当然、唾液をこぼしながら勢いよく追いかけてくる。
「おばさん!後は頼むよぉー」
麓の祭壇の出口からカイルを追って入ってきたのはサクリ集落のシャーウーとその後ろからついてきたサクリ集落の統領がいた。カイルがアテスを担いでいる様子とその後ろから追いかけてくる狂獣の姿を見て、あり得ないという表情をする。
「早く、その贄を置いて喰わせろ!」
「がんばってくれぇー!」
カイルは二人の横を通り過ぎていく。やがて、サクリ集落のシャーウーと統領は狂獣たちに囲まれてしまう。それがわかるとカイルは動けない状態のアテスを地面に降ろした。
「さて!・・・アンが来たら任せたいけど、俺がやってみるかぁ」
アテスの頭から両足や両手をさすり始めるとアテスに変化が起きる。
「やっと動かせる!」
アテスは声を出し、自らの意思で身体が動かせるようになり、立ち上がった。
「役立たずのお前たち!命がけで私たちを助けろ!私たちが死んだら、お前らは生きていけないぃー!」
この麓の祭壇の出入口に怯えて佇んでいたサクリ集落の男たち。さきほどカイルを追いかけて入口まで来たが、狂獣の姿を見てそこで動けなくなってしまっていた。後からきたシャーウーがそれを見て怒り、集落の男たちを言霊で地面に叩きつけて動けないようにして、統領と共に入っていった。だが、狂獣たちに囲まれて命が危なくなったのでそれを解いた。
「いえ!生きていけるわ!」
その声の主はアテスだった。その表情は決意を持ったかのような真剣な表情をしている。
「もちろんさぁー!こんな二人いなくても生きていける。人と人がいればな」
狂獣に囲まれている二人をカイルはにやにやして眺めながら言った。
「喰われるのはお前だろ!アテス!こっちに来て役目を果たしなさい。それがお前の運命だ!」
シャーウーの隣でブルブル怯えているサクリ集落統領の声だった。
「統領の言う通り!お前たち!アテスを捕まえて、こっちに連れてこい。お前たちを導く私たちが死ぬわけにはいかない」
いまだ怯えて佇んでいる集落の男たちに歪んだ形相で怒鳴り散らす。さすがにアテスを捕まえようと前に数人がアテスに接近してくる。それを見てシャーウーは表情がにこやかになる。その表情を見ていたカイルは反応する。
「ナナミから聞いた情緒不安定ってやつか?シャーウーってこういうの多いな!」
「待って!私を捕まえる前に話しを聴いて欲しいのみんな!!」
アテスのその声を聴いて、再び不機嫌になってしまうシャーウーだった。
「聞くなぁー!!お前たちは神のご意志と繋がれる私の声を聞けぇー!」
シャーウーの甲高い声を男たちに響かせる。
「狂獣たちはあのシャーウーの言霊で動けないのか?」
カイルはふと疑問を口にした。そして、アテスは集落の男たちに対して口を開く。
「贄になる者は神によって選ばれ、シャーウー様を通じて教えられると。しかし、そうではなかったとシャーウー様から知りました・・・」
「私は何も言っていない。アテスはでたらめを言って、陥れようとしている!」
必死な声で言うシャーウーだった。すると、後ろを振り向き鋭い視線でシャーウーを睨む。
「いいえ!あなたの口から聴きました。神では無く、あなたが私を選んだ。贄になった私のお母さんを贄にしたのはシャーウー様です」
「そんなことあり得ない。シャーウー様は嘘をつかない。何を言っている?」
集落の男たちの1人がアテスに反論した。
「はぁー!シャーウーだって人なんだから、嘘はつくでしょうに!」
呆れた顔をするカイルは狂獣に取り囲まれている二人の近くにいく。一匹に狂獣がカイルに口を開けて飛び掛かってくるが、ひらりとかわしてしまうカイルだった。その後も続くがカイルに傷一つ負うことはなく、狂獣がばててしまう。その様子を見て、統領とシャーウーは驚愕した。
「お前は何なんだ!狂獣様に逆らうなど、神に逆らおうとするのか?」
「俺はカイル!その通り。俺は俺たちを縛ろうとする神ってやつに逆らうことにしたんだ。これもその旅。だから、俺たちは山脈を越えるつもりなんだ」
シャーウーはカイルに向けて片手をかざし、そのさらに後ろにいるアテスを睨む。
「アテス!お前は神に逆らおうとするこのガキに協力した。こんなことは許されない。このガキを殺したら、次はお前に死んでもらう」
「アテスちゃんは死なせやしないさ!もちろん、俺も死ぬ気はない」
カイルは余裕の笑みを浮かべた。シャーウーはその反応に激昂する。
「うるさい!この罪深いガキに死を!」
すると、出入口から風のようにシュンと集落の男たちの間を駆け抜け、そしてアテスのいる場所を通り過ぎ、カイルに近づく人影が声を発する。
「カイルを生かし給え!」
それはアンの声だった。ナナミに背負われてきて、シャーウーに向けて両手をかざしている。言霊と言霊がぶつかり合い、アンが堪えている状態だった。
「やっと来たか!アン。がんばれぇー!」
「人ごとみたいに言わないでよ!カイルのことでしょ」
そう言うのはナナミでアンが背中から落ちないようにしっかり支えていた。
「くっ!私の力に耐えるなんて・・・・」
やがて言霊のぶつかり合いは相殺されて消滅したことをシャーウーとアンは手ごたえを感じた。
「ここまで言霊を扱えるなんて、このガキは・・・」
シャーウーは驚く顔を見せながら呟いた。
「すごいだろ!で、どうする?俺を殺せなかったけど」
「うるさい!おまえたち!アテスを殺して骸をこっちへ持ってこい」
「みんな!シャーウー様の出鱈目なのがわからない?私たちは狂獣と戦うべきなのよ。でも、シャーウー様に従うなら私を殺して。もう、ここでは生きていけない」
アテスはそういうと、地面に両ひざをついて二つの目をゆっくり閉じた。それを見てシャーウーはニヤッとする。カイルは真面目な表情でアテスを見つめた。
「アテスちゃん!やけを起こしちゃったね。でも、それが君の意思なら・・・」
「ごめんな!アテス!俺たちはシャーウー様のお導きがないと生きていけない。こうするしかないんだ!」
集落の男たちの二人がそれぞれ1人はアテスの身体を押さえ、もう一人はアテスの首を両手で掴み、絞めようとする。
「クソがっ!」
ナナミが背負っているアンを降ろし、その様子を見て訝し気な表情で呟いた。アンは悲しい表情を見せる。
「早くやれ!!もう言霊が持たない。私たちが喰われてしまう」
シャーウーは男二人に発破をかけると、男の1人がアテスの首を慌てて絞め始める。
「私の目の前で・・・」
ナナミが阻止しようと動くが、カイルが立ち塞がった。
「アテスちゃんの意思なんだ。辛いけど尊重しないと・・・」
「そんな!でも・・・」
苦い表情を見せるナナミ。
「行くなら俺を倒してからいくんだ。ナナミ!」
それを聞いて、ナナミは地面に崩れるしかなかった。力を持ってもナナミにカイルを相手に出来るほどの力は全然ない。アテスは苦しい表情を見せ、声を紡ごうとした。
「私を助けに来てくれて、ありがとうね!最後に出会えて良かったわ!」
首絞めがどんどん強まり、首が苦しくなりながらも涙を流すアテスは意識が薄くなっていく。
「嫌よっ!!私の目の前でまた・・・」
ナナミが叫ぶとナナミの身体の周りが光を発する。その直後、祭壇の向こうから狼の遠吠えが辺りに響き渡った。突然のことに驚きアテスの首を絞めていた男はとっさに両手を離す。アテスは自分の首をおさえ強く「ゴホッ!ゴホッ!」と咳き込み地面に倒れこんでしまった。慌ててナナミとアンはアテスを介抱しに駆け寄る。
「アテス!・・・アテス!」
ナナミがアテスに呼びかけた。その次の瞬間のこと・・・。
「ぎゃああーーー!!」
「あああーーー!!」
シャーウーと統領の悲鳴が次に響いた。カイルや集落の男たちは衝撃的な光景を目にする。ナナミもその光景を目にし、思わず手を自分の口に当てた。
「お前たちぃーーー!!死にたくない!!。助けろぉーーー!!バカどもぉーーー!!」
シャーウーと統領は取り囲まれていた狂獣たちに襲われ、喰われ一部をすでに失っている。集落の男たちは助けを求められても初めてみる人が喰われるという光景に恐怖のあまり硬直し、見つめることしか出来なかった。
「お前たちを呪い殺してやるからなぁーーー!!」
シャーウーの断末魔が響いた。そして、二人の悲鳴が無くなる。それでも狂獣たちは肉を喰らい続けていた。
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